琵琶曲「小野訓導」 余話
琵琶楽名流大会(1月12日・東京新聞社主催)が、東京証券会館ホールで行われました。
全国各地から各流派の名師が参集しての正月恒例の演奏会でして、今年も盛会裡に終了し、大変嬉しく思っております。
私は会場の裏方でしたが、どうしても聞きたい曲があったので、こっそりと客席で聞かせてもらいました。
後半の十三番 「嗚呼小野訓導」
演奏されたのは錦心流の中里宴水師(酒田市)
このブログ(去年10月18日付け)に取り上げた曲目なので、関心がありました。
前田洲月師の曲は「ああ」の付かない「小野訓導」ですが、曲目の頭に「嗚呼」または「噫」が付く詞文はいくつかあるようですし、作者もいるようですが、実際のところは不明です。
過去にそれぞれ演奏者が改ざんして取り組んだのが、どうやら実情のようです。
名流大会のプログラムでは、「嗚呼小野訓導」の作詞者名は村谷天陽氏の表記ですが、村谷氏は琵琶にナレーションを入れて歌う、「説明入琵琶開祖」を名乗られた方です。
私の手元にある「説明入琵琶 噫小野訓導」歌本の裏表紙には、
「説明入琵琶は琵琶を主として綴られてあるものであるからして説明は副である事は勿論である。されば上演の場合は弾奏者の座席を高座の中央に定め然して説明者は弾奏者に接近せざる様片寄三尺程下ってテーブルの位置を定めるのである」 との記載があります。
読んで笑ってしまうほどの大仰な物の言い様ですが、当時(大正15年)とすれば、新しい取り組み、意気込みの表れなのでしょう。
さて、中里宴水師の演奏。
感動しました。さすがの演奏です。
まったく動かない、表情も崩れない、緊張感に満ちた12分31秒の演奏でした。
気品と優美さを合わせ持ち、歌も弾奏も一分の隙もない堂々たる演奏スタイル。
彼女は、もともと美人ですが、微動だにしない舞台は更に美しい。
これが大事です。
芸事は美しくなければなりません。
琵琶は一人で歌い弾く、単独芸が基本です。
したがって、勝手に自由気ままに出来る気安さがあり、それゆえに悪癖に陥る一面があります。
良く言えば、個性、芸風と言われますが、全く感心しません。
顔を振ったり肩を振ったり、目をつぶったり開けたり、見台から目を逸らして天井を見たり客席を見たり、琵琶を持ち直したり、体が歪んでいったり、撥を持つ手の置き場所も一定しない。
これらすべてを私は、グズグズの演奏、汚い演奏、駄目な演奏として認めません。
そして、その無駄な所作だらけの演奏者が多過ぎて、残念に思っています。
例えば、歌本を見台に置く場合。
むやみにページをメクリすぎます。
よく見ると、文字が大きいために文字数が少なかったり、余白や行間が空いていたりの歌本です。
何も考えてないから、普段の稽古で使っている本をそのまま見台に乗せて舞台に上っている。
たかが15分くらいの演奏で、ページをめくるような歌本を置くな、と言いたい。
慌てて撥を下に置き、慌ててメクる。
姿勢が崩れるし、袖も乱れる。
演者もさることながら、客も集中が止められます。
私事で恐縮だが、私は30分くらいの曲なら一面見開きに納められる様に小さく書き直します。
絶対にメクる行為はしません。
4,50分の曲の場合は、見開きの紙の左側部分の上に別の半分の歌紙を置き、右半分を歌い終えたら、左側に置いてある歌紙を急いで右側に移動させます。それ一回きりです。(半ページ3枚分の意)
(追記 2、19)
この写真は、平成19年「琵琶楽名流大会」での、創作器楽曲「春の音連れ」の演奏写真です。
まったく歌わない、演奏だけの12分の曲のため、譜面が横に見台からはみ出ています。
見苦しく恥ずかしい写真ですが、これでもギチギチに書き込み12分の譜面に纏めるのは大変でした。
名流会の歴史で、歌の無い演奏曲は初めての試みでして、しかも後半には口笛をピーピー吹きながら演奏したため、客席がざわついてしまいました。
玄龍は変な事をする奴だと思われているので、やれやれ又かと呆れているせいか、お叱りも無くてホッとしております。
また、このブログの表紙の演奏写真をよく見て頂くと分かると思いますが、歌本を置いていません。
見台だけを置き、見台の木目を見ています。(以上追記)
歌本あるなしにかかわらず、暗記している曲でも、私は見台を置きます。
歌本を置かずとも、見台を見ています。
目線の意識をしないで済みますし、形として安定します。
田中之雄師と雑談をしていて、田中師が
(見台に置いてある歌本を見る)「目線も動かしたくない」と言われた事があります。
さすがの見識と感心しました。
私がNHKの邦楽オーディションを受けた昭和50年代は、どんなに琵琶が練達でも、弾いている手元を見て弾く人は落とされていました。
長唄でも清元でも同じ状況でした。
恩師望月唖江師は、「撥も動かすな」と言われました。
「撥が止まっている所から、止まっている所に行く時に、たまたま音がするのだ」と言われました。
師の撥さばきは、傍で見ていても、鳥肌が立つくらいの凄みのある撥さばきでした。
琵琶でよく使う「謡い出しの手」という、いわゆる「チャチャン」の音。
このチャチャンの音を、私が今まで聞いて来て、ウーン凄い、と唸ったのは、唖江師と鶴田錦史師の二人だけです。
なんとかこの二人のチャチャンに近づこうと稽古をしてますが、満足する音は百回に一回出来るか出来ないかくらいで、我ながら情けないかぎりです。
余談ついでに言えば、身体を動かして良い邦楽は民謡です。
民謡は、労働の中、作業の中から生まれた音楽だからです。
他の邦楽の元は、神や仏への祈りから生まれて来た音楽ですので、根っこには静謐である事、敬虔なる美意識があるべきでしょう。
私は弟子に、常に美しい演奏スタイルを心掛けるように言っています。
日本人形のようであれと言います。
中里宴水師は、まさに日本人形でした。
大声を張り上げずとも緊迫した場面を見事に表現しました。
大口を開けずとも、口跡の活舌音がはっきりしていたのは、口の中での舌の工夫の成果でしょう。
およそ琵琶人は無頓着で気付かない事ですが、大口を開けない口跡の工夫が大事です。
小唄の世界は、いわゆるおちょぼ口で歌います。
大口を開けて、顔の表情が崩れる事を嫌います。
したがって、おちょぼ口でも、はっきりした言葉を言うために、口の中で舌が格闘します。
腹話術のように、口を開けずとも言葉が言えるように、工夫次第、稽古次第でしっかりした活舌になります。
西洋式の大口だけが、はっきりした言葉になるのではありませんし、日本的美意識は、顔の表情の崩れを醜いと感じて嫌います。
美しくなければなりません。
どうすれば美しい音を弾けるのか。
どうすれば美しい声になれるのか。
どうすれば美しく表現できるのか。
この一点を追求する事が稽古の基本です。
全国各地から各流派の名師が参集しての正月恒例の演奏会でして、今年も盛会裡に終了し、大変嬉しく思っております。
私は会場の裏方でしたが、どうしても聞きたい曲があったので、こっそりと客席で聞かせてもらいました。
後半の十三番 「嗚呼小野訓導」
演奏されたのは錦心流の中里宴水師(酒田市)
このブログ(去年10月18日付け)に取り上げた曲目なので、関心がありました。
前田洲月師の曲は「ああ」の付かない「小野訓導」ですが、曲目の頭に「嗚呼」または「噫」が付く詞文はいくつかあるようですし、作者もいるようですが、実際のところは不明です。
過去にそれぞれ演奏者が改ざんして取り組んだのが、どうやら実情のようです。
名流大会のプログラムでは、「嗚呼小野訓導」の作詞者名は村谷天陽氏の表記ですが、村谷氏は琵琶にナレーションを入れて歌う、「説明入琵琶開祖」を名乗られた方です。
私の手元にある「説明入琵琶 噫小野訓導」歌本の裏表紙には、
「説明入琵琶は琵琶を主として綴られてあるものであるからして説明は副である事は勿論である。されば上演の場合は弾奏者の座席を高座の中央に定め然して説明者は弾奏者に接近せざる様片寄三尺程下ってテーブルの位置を定めるのである」 との記載があります。
読んで笑ってしまうほどの大仰な物の言い様ですが、当時(大正15年)とすれば、新しい取り組み、意気込みの表れなのでしょう。
さて、中里宴水師の演奏。
感動しました。さすがの演奏です。
まったく動かない、表情も崩れない、緊張感に満ちた12分31秒の演奏でした。
気品と優美さを合わせ持ち、歌も弾奏も一分の隙もない堂々たる演奏スタイル。
彼女は、もともと美人ですが、微動だにしない舞台は更に美しい。
これが大事です。
芸事は美しくなければなりません。
琵琶は一人で歌い弾く、単独芸が基本です。
したがって、勝手に自由気ままに出来る気安さがあり、それゆえに悪癖に陥る一面があります。
良く言えば、個性、芸風と言われますが、全く感心しません。
顔を振ったり肩を振ったり、目をつぶったり開けたり、見台から目を逸らして天井を見たり客席を見たり、琵琶を持ち直したり、体が歪んでいったり、撥を持つ手の置き場所も一定しない。
これらすべてを私は、グズグズの演奏、汚い演奏、駄目な演奏として認めません。
そして、その無駄な所作だらけの演奏者が多過ぎて、残念に思っています。
例えば、歌本を見台に置く場合。
むやみにページをメクリすぎます。
よく見ると、文字が大きいために文字数が少なかったり、余白や行間が空いていたりの歌本です。
何も考えてないから、普段の稽古で使っている本をそのまま見台に乗せて舞台に上っている。
たかが15分くらいの演奏で、ページをめくるような歌本を置くな、と言いたい。
慌てて撥を下に置き、慌ててメクる。
姿勢が崩れるし、袖も乱れる。
演者もさることながら、客も集中が止められます。
私事で恐縮だが、私は30分くらいの曲なら一面見開きに納められる様に小さく書き直します。
絶対にメクる行為はしません。
4,50分の曲の場合は、見開きの紙の左側部分の上に別の半分の歌紙を置き、右半分を歌い終えたら、左側に置いてある歌紙を急いで右側に移動させます。それ一回きりです。(半ページ3枚分の意)
(追記 2、19)
この写真は、平成19年「琵琶楽名流大会」での、創作器楽曲「春の音連れ」の演奏写真です。
まったく歌わない、演奏だけの12分の曲のため、譜面が横に見台からはみ出ています。
見苦しく恥ずかしい写真ですが、これでもギチギチに書き込み12分の譜面に纏めるのは大変でした。
名流会の歴史で、歌の無い演奏曲は初めての試みでして、しかも後半には口笛をピーピー吹きながら演奏したため、客席がざわついてしまいました。
玄龍は変な事をする奴だと思われているので、やれやれ又かと呆れているせいか、お叱りも無くてホッとしております。
また、このブログの表紙の演奏写真をよく見て頂くと分かると思いますが、歌本を置いていません。
見台だけを置き、見台の木目を見ています。(以上追記)
歌本あるなしにかかわらず、暗記している曲でも、私は見台を置きます。
歌本を置かずとも、見台を見ています。
目線の意識をしないで済みますし、形として安定します。
田中之雄師と雑談をしていて、田中師が
(見台に置いてある歌本を見る)「目線も動かしたくない」と言われた事があります。
さすがの見識と感心しました。
私がNHKの邦楽オーディションを受けた昭和50年代は、どんなに琵琶が練達でも、弾いている手元を見て弾く人は落とされていました。
長唄でも清元でも同じ状況でした。
恩師望月唖江師は、「撥も動かすな」と言われました。
「撥が止まっている所から、止まっている所に行く時に、たまたま音がするのだ」と言われました。
師の撥さばきは、傍で見ていても、鳥肌が立つくらいの凄みのある撥さばきでした。
琵琶でよく使う「謡い出しの手」という、いわゆる「チャチャン」の音。
このチャチャンの音を、私が今まで聞いて来て、ウーン凄い、と唸ったのは、唖江師と鶴田錦史師の二人だけです。
なんとかこの二人のチャチャンに近づこうと稽古をしてますが、満足する音は百回に一回出来るか出来ないかくらいで、我ながら情けないかぎりです。
余談ついでに言えば、身体を動かして良い邦楽は民謡です。
民謡は、労働の中、作業の中から生まれた音楽だからです。
他の邦楽の元は、神や仏への祈りから生まれて来た音楽ですので、根っこには静謐である事、敬虔なる美意識があるべきでしょう。
私は弟子に、常に美しい演奏スタイルを心掛けるように言っています。
日本人形のようであれと言います。
中里宴水師は、まさに日本人形でした。
大声を張り上げずとも緊迫した場面を見事に表現しました。
大口を開けずとも、口跡の活舌音がはっきりしていたのは、口の中での舌の工夫の成果でしょう。
およそ琵琶人は無頓着で気付かない事ですが、大口を開けない口跡の工夫が大事です。
小唄の世界は、いわゆるおちょぼ口で歌います。
大口を開けて、顔の表情が崩れる事を嫌います。
したがって、おちょぼ口でも、はっきりした言葉を言うために、口の中で舌が格闘します。
腹話術のように、口を開けずとも言葉が言えるように、工夫次第、稽古次第でしっかりした活舌になります。
西洋式の大口だけが、はっきりした言葉になるのではありませんし、日本的美意識は、顔の表情の崩れを醜いと感じて嫌います。
美しくなければなりません。
どうすれば美しい音を弾けるのか。
どうすれば美しい声になれるのか。
どうすれば美しく表現できるのか。
この一点を追求する事が稽古の基本です。













































































