琵琶曲「小野訓導」 余話

琵琶楽名流大会(1月12日・東京新聞社主催)が、東京証券会館ホールで行われました。
全国各地から各流派の名師が参集しての正月恒例の演奏会でして、今年も盛会裡に終了し、大変嬉しく思っております。

私は会場の裏方でしたが、どうしても聞きたい曲があったので、こっそりと客席で聞かせてもらいました。
後半の十三番 「嗚呼小野訓導」
演奏されたのは錦心流の中里宴水師(酒田市)

このブログ(去年10月18日付け)に取り上げた曲目なので、関心がありました。
前田洲月師の曲は「ああ」の付かない「小野訓導」ですが、曲目の頭に「嗚呼」または「噫」が付く詞文はいくつかあるようですし、作者もいるようですが、実際のところは不明です。
過去にそれぞれ演奏者が改ざんして取り組んだのが、どうやら実情のようです。

名流大会のプログラムでは、「嗚呼小野訓導」の作詞者名は村谷天陽氏の表記ですが、村谷氏は琵琶にナレーションを入れて歌う、「説明入琵琶開祖」を名乗られた方です。
私の手元にある「説明入琵琶 噫小野訓導」歌本の裏表紙には、
「説明入琵琶は琵琶を主として綴られてあるものであるからして説明は副である事は勿論である。されば上演の場合は弾奏者の座席を高座の中央に定め然して説明者は弾奏者に接近せざる様片寄三尺程下ってテーブルの位置を定めるのである」 との記載があります。

読んで笑ってしまうほどの大仰な物の言い様ですが、当時(大正15年)とすれば、新しい取り組み、意気込みの表れなのでしょう。


さて、中里宴水師の演奏。
感動しました。さすがの演奏です。
まったく動かない、表情も崩れない、緊張感に満ちた12分31秒の演奏でした。
気品と優美さを合わせ持ち、歌も弾奏も一分の隙もない堂々たる演奏スタイル。
彼女は、もともと美人ですが、微動だにしない舞台は更に美しい。

これが大事です。
芸事は美しくなければなりません。
琵琶は一人で歌い弾く、単独芸が基本です。
したがって、勝手に自由気ままに出来る気安さがあり、それゆえに悪癖に陥る一面があります。
良く言えば、個性、芸風と言われますが、全く感心しません。
顔を振ったり肩を振ったり、目をつぶったり開けたり、見台から目を逸らして天井を見たり客席を見たり、琵琶を持ち直したり、体が歪んでいったり、撥を持つ手の置き場所も一定しない。
これらすべてを私は、グズグズの演奏、汚い演奏、駄目な演奏として認めません。
そして、その無駄な所作だらけの演奏者が多過ぎて、残念に思っています。

例えば、歌本を見台に置く場合。
むやみにページをメクリすぎます。
よく見ると、文字が大きいために文字数が少なかったり、余白や行間が空いていたりの歌本です。
何も考えてないから、普段の稽古で使っている本をそのまま見台に乗せて舞台に上っている。
たかが15分くらいの演奏で、ページをめくるような歌本を置くな、と言いたい。

慌てて撥を下に置き、慌ててメクる。
姿勢が崩れるし、袖も乱れる。
演者もさることながら、客も集中が止められます。

私事で恐縮だが、私は30分くらいの曲なら一面見開きに納められる様に小さく書き直します。
絶対にメクる行為はしません。
4,50分の曲の場合は、見開きの紙の左側部分の上に別の半分の歌紙を置き、右半分を歌い終えたら、左側に置いてある歌紙を急いで右側に移動させます。それ一回きりです。(半ページ3枚分の意)

(追記  2、19)
この写真は、平成19年「琵琶楽名流大会」での、創作器楽曲「春の音連れ」の演奏写真です。
まったく歌わない、演奏だけの12分の曲のため、譜面が横に見台からはみ出ています。
見苦しく恥ずかしい写真ですが、これでもギチギチに書き込み12分の譜面に纏めるのは大変でした。
名流会の歴史で、歌の無い演奏曲は初めての試みでして、しかも後半には口笛をピーピー吹きながら演奏したため、客席がざわついてしまいました。
玄龍は変な事をする奴だと思われているので、やれやれ又かと呆れているせいか、お叱りも無くてホッとしております。
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また、このブログの表紙の演奏写真をよく見て頂くと分かると思いますが、歌本を置いていません。
見台だけを置き、見台の木目を見ています。(以上追記)


歌本あるなしにかかわらず、暗記している曲でも、私は見台を置きます。
歌本を置かずとも、見台を見ています。
目線の意識をしないで済みますし、形として安定します。

田中之雄師と雑談をしていて、田中師が
(見台に置いてある歌本を見る)「目線も動かしたくない」と言われた事があります。
さすがの見識と感心しました。

私がNHKの邦楽オーディションを受けた昭和50年代は、どんなに琵琶が練達でも、弾いている手元を見て弾く人は落とされていました。
長唄でも清元でも同じ状況でした。


恩師望月唖江師は、「撥も動かすな」と言われました。
「撥が止まっている所から、止まっている所に行く時に、たまたま音がするのだ」と言われました。

師の撥さばきは、傍で見ていても、鳥肌が立つくらいの凄みのある撥さばきでした。
琵琶でよく使う「謡い出しの手」という、いわゆる「チャチャン」の音。
このチャチャンの音を、私が今まで聞いて来て、ウーン凄い、と唸ったのは、唖江師と鶴田錦史師の二人だけです。
なんとかこの二人のチャチャンに近づこうと稽古をしてますが、満足する音は百回に一回出来るか出来ないかくらいで、我ながら情けないかぎりです。

余談ついでに言えば、身体を動かして良い邦楽は民謡です。
民謡は、労働の中、作業の中から生まれた音楽だからです。
他の邦楽の元は、神や仏への祈りから生まれて来た音楽ですので、根っこには静謐である事、敬虔なる美意識があるべきでしょう。

私は弟子に、常に美しい演奏スタイルを心掛けるように言っています。
日本人形のようであれと言います。

中里宴水師は、まさに日本人形でした。
大声を張り上げずとも緊迫した場面を見事に表現しました。
大口を開けずとも、口跡の活舌音がはっきりしていたのは、口の中での舌の工夫の成果でしょう。
およそ琵琶人は無頓着で気付かない事ですが、大口を開けない口跡の工夫が大事です。

小唄の世界は、いわゆるおちょぼ口で歌います。
大口を開けて、顔の表情が崩れる事を嫌います。
したがって、おちょぼ口でも、はっきりした言葉を言うために、口の中で舌が格闘します。
腹話術のように、口を開けずとも言葉が言えるように、工夫次第、稽古次第でしっかりした活舌になります。
西洋式の大口だけが、はっきりした言葉になるのではありませんし、日本的美意識は、顔の表情の崩れを醜いと感じて嫌います。


美しくなければなりません。
どうすれば美しい音を弾けるのか。
どうすれば美しい声になれるのか。
どうすれば美しく表現できるのか。

この一点を追求する事が稽古の基本です。




2013年に注目する、いくつかの事(3)

アルジェリアで、日本人従業員がテロに遭い、10名の犠牲者を出す痛ましい出来事が起こりました。
亡くなられた日揮関係者の報道ばかりが伝わって来ますが、事の真相、原因までは余り報道がありません。

今の時代、「アルジェリア、日揮、テロ」で検索すれば、いくらでも情報は集まります。
しかし、この手の情報を知る事は、いつも深い深い嘆息になります。
つまり、大国のむき出しのエゴをいつも思い知らされるからです。

なるほど、事の発端はニジェールのウラン鉱山のフランスの搾取なのでしょう。
ニジェール政府と共同でイスラム武装勢力の一掃をフランスは約束し、マリ北部に集結しているAQIM(イスラム・マグレブ諸国のアル・カイダ)を襲撃したために、イナメナスの天然ガスプラントをAQIMが報復したのでしょう。

このような情報の詳細よりも私が注目するのは、情報の底に沈む「人間のいとなみ」です。


マリ共和国はテキサス州ほどの面積で、海の無い内陸地に1300万人が暮らしていますが、皆、極貧の中にあります。
アフリカの諸国は戦後、次々と独立して民主国家となりましたが、実情は、権力者による独裁政治体制がほとんどです。
その独裁者が見本、真似をしたのが、元の欧州植民地支配者の優雅なセレブ暮らしです。
統治のやり方は、植民地統治者がやった通り、権力、資産、軍事、警察力を集中支配しました。
一般国民は、教育も受けられず、極めて低い知識レベルのまま、植民地時代と変わらない悲惨な貧困生活をしています。

ここにイスラム武装勢力が浸透する元があります。
ちなみに、今マリは内乱状態ですが、身の危険を察知したアマドゥ大統領は、莫大な財産を持って国外逃亡してしまいました。
フランスはマリでの軍事作戦を拡大するでしょうし、英米も支援して行きます。
ただアメリカは軍事費を掛けたくありません。日本への代替え要求は厳しくなるでしょう。

私が心配するのは、自衛隊派遣です。
自民党は、さっそく自衛隊派遣法改定案を国会へ提出するそうです。


孫崎亨氏のツイッター 2題
(1) 20日、NYT「米国は、アフリカ諸国がマリで仏軍と一緒に戦えるようにするため、約100名の訓練者をアフリカ諸国に派遣した」
集団的自衛権を米がなぜ今プッシュしているかお分かりですね。
アフリカの軍隊と同じです。米国戦略に戦う外国軍を育成。
自衛隊がグアム訓練始めましたね。

(2) 日本政府はアルジェリア政府に強い抗議したか。多分しない。
なぜ? 米国がしないから。
米国はなぜしない?
米国、フランスはマリでのアルカイダ掃討作戦にアルジェリア軍を使いたいから。
今回なぜ情報が米国からあまり来なかったか。
米国は マリ攻撃を画策。カイダ報復には言及したくない。



ますますの国際化、地球レベルでのビジネス社会で、いざ事が起こった時、自衛隊による自国民の人質救出が可能になれば、その機会は際限なく起こりそうです。
身近な事では、中国で抗日デモが起こり邦人が人質になった時に、自衛隊が中国本土へ乗り込んで行ける事になります。

前回、創価学会の話をしましたが、私は池田氏や学会について、べつに興味も関心もありません。
自民党の暴走を止める抑止力としての公明党の役割の大きさを承知していますが、残念ながら、これからの連立の難しさを懸念したまでです。公明党の平和理念は評価します。

今後は、自民党態勢は、ますます強固になるばかりでしょう。
なりふり構わぬ不正選挙は、定着しました。

http://matome.naver.jp/odai/2135581547511887801

または、 2012年第46回衆議院議員選挙不正選挙疑惑に関するまとめ


この安倍安定政権は、50兆円ものクズ紙の米国債の購入、貢ぐことを決定しました。
来月の訪米はTPP参加とオスプレイ10機購入がお土産になりました。


H,P「副島隆彦学問道場」より「重たい掲示板」
1月20日付

(途中から)
私は、自分が書いた「50兆円の米国債を日本政府が ”貢(みつ)ぎ金(がね)” で買う」とおりに政治・経済が動いてることで、ぐっと口を引き締めている。
「50兆円ぐらい、いつものことだからいいじゃないか・アメリカを助けるのが日本の運命なのだから」と 思うような どうしようもない頭の人間たちが日本のほとんどの有識者であることに、心底、凍(こご)えるような冷たい考反応をしている。

私がずっと書いてきたとおり、これは「日米 地獄(へ)の道連れ経済」「日米・抱き着かれ心中(しんじゅう)だ。
日本もアメリカも、そして、ヨーロッパも地獄への ハイパー、インフレ経済だ。
国債を、それこそ、無限にジャブジャブとすり続けて、日銀(中央銀行)に引き受けさせて、ここにジャブジャブのお札(紙幣)を刷らせて、それを、アメリカ様(さま)に、それこそ無制限に献金し続けたら、日本経済はあと2年でおしまいだ。
私は、いよいよ来るところまできた、と思っている。日本は地獄への道だ。
(以下省略)


マスゴミは「アベノミクス」の宣伝を盛んに仕始めました。
役人天国は完全復活しました。
一括交付金を廃止して、地方分権を潰しました。


「天罰だ」と言った政治家がいましたが、権力亡者を目覚めさせるためには、更なる大災害を願ってしまう思いになりかかって、ハッとします。
「黒船」が来ない限り、体制は変わらないのでしょうか。


もとより、しがない無名の芸人が、何を思い何を言ったところで、世界をドロドロに流れているグローバルパワーの前では、芥子粒どころか存在さえありません。
大国、列強の力の前には絶望しかありませんが、しかし強がりを言えば、去年のウォール街でのデモのプラカード
 「We 're 99%」  (我々は99パーセントの貧しい側だ)
この言葉は、連帯、共感として、確実に世界中に広がり、私たちの心を結び合う大きな力となって響いています。

諦めない事
2013年に注目しなければならいのは、実はこの私自身の心の有りようであり、世の中への姿勢のようです。







2013年に注目する、いくつかの事(2)

注目する2つめは、安倍晋三総理のホンキ度はガチガチの本気度なので、どこまで突き進むかにあります。
彼は慢性潰瘍大腸炎という難病を抱えています。
完治したとの事ですが、もし本当なら喜ばしい限りです。
しかし、一般的に言えば、かなり厳しい病気に指定されています。

彼はこの難病の身で、6年前に柏崎刈場原発が放射能漏れを起こした時、緊急視察に駆け付けた際、構内で重装備でなく通常装備をしたために、急性被爆障害の疑いの強い症状が顕在化して、職務に耐えられなくなり、衆院で所信表明演説をした翌日に、総理の職を辞めざるを得ませんでした。

ベルゴニートリボンドー法則によれば「細胞分裂活性の強い腸上皮細胞が真っ先に傷付き、腸全体の活性が破壊される」との事です。
事実とすれば、6年が経過した現在、潜伏期間が過ぎて、いよいよ発症期間に入り、全身が癌に犯され始めます。
完治したとのコメントを信じるしかありませんが、よしんば完治したとしても、一度無念の辞任から再び総理に返り咲いたからには、やるべき事は絶対にやるとの決意である事は、私たちでも容易に理解出来ます。

彼は掲げたビジョンを何が何でも遂行させるでしょう。
まさしく命を賭けています。
つまり、いづれは中国とは激突します。
否応なく、必ずやその様な状況に追い込まれるでしょう。
アーミテージ・レポートのシナリオ通りです。


米空軍バージニア州ラングレー基地所属のF22ステルス戦闘機12機(一個中隊)と300人の空軍兵を、沖縄嘉手納基地に約4ヶ月間暫定配備する事が決定され、今月の14日から実施配備されています。

この事は、アメリカと中国との話し合いが決定した事を意味します。
軍事衝突は決定しました。

F22戦闘機は米国基地以外には配備されていません。米国の宝です。
世界最強最新鋭のステルス、モンスター機です。
その性能の凄さは、これ1機で敵機の戦闘機の数十機を相手に闘え、そのことごとくを破壊できる驚異的な性能のモンスター機です。
最新戦鋭機のため、アメリカは日本への売却を出し渋り、F22より1クラス下のF35を、日本の次期戦闘機としました。F22は一機180億円もする、値段でも横綱級です。

ステルス機の名を持つ戦闘機は、中国にも[殲31」がありますが、性能の差は大人と子供、横綱と序二段ほどの差です。
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そして、これが世界最強ステルス戦闘機F22
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アメリカという国は、戦争をしないと経済が成り立たない国です。
中国との間で戦争の取り決めは決定したと見るべきです。
もはや、日中の局地戦は避けられません。
尖閣諸島に上陸しようとする中国軍艦との間で発砲のやり取りがあり、中国側に僅かの死傷者を出して、最初は日本側の勝利になるでしょう。
そして、中国は反日、抗日で盛り上がり、ヘイハイズ(無戸籍者)兵が次々と押し寄せて来るでしょう。
一人っ子政策のため、登記しないヘイハイズは1~5億人いるとの事です。この大量のヘイハイズが攻め寄せて来ます。
屍の山を築くことなど何とも思わない国です。
最初は日本と米軍連帯の勝利が続きますが、機を見て米側は手を引きます。
日本と中国の泥沼の局地戦になっていきます。

当然、中国国内の日本企業、トヨタもホンダも、スーパーの平和堂も破壊されるだけでは済みません。全ての日本人は人質にされるでしょう。
慾をかいてないで全ての財産を放り出して、今、逃げ帰らなければ、命の危険は間違いありません。
中国はメンツの国です。必ずやります。

局地戦突入後、安倍内閣は、どこに落とし所を見つけるのでしょうか。
この緊張時のため、憲法改正も徴兵制も可能でしょうし、彼の本望の達成は確実です。
私たち一人一人に、日本と言う国の有るべき姿を問われる、厳しい年になるでしょう。


余談ですが、池田大作さんの死亡をいつ発表するかも注目です。
公明党は、今がピーク、頂点です。当然、今年の参院選が終わるまでは発表はありません。
池田氏が公の場から姿を消して3年ほどになりますが、信濃町南元クリニックで車いす状態の話は時折、漏れていましたが、その後寝たきりとの噂を最後に、完璧な緘口令がひかれてピタリと話は漏れて来なくなりました。

もし、池田氏の死亡が公表されれば、創価学会は3つに分裂します。
後継者と目されていた次男の城久氏亡きあと、香峯子夫人は長男の博正氏を跡目にしたい様ですが、その器ではないので原田稔氏を中心に集団指導体制になるでしょう。残りは大石寺派に合流するグループと、独自のグループとの3つに分かれるでしょう。
公明党は反池田が沢山います。古くは龍年光氏がいて、竹入義勝氏、矢野絢也氏など錚々たる顔ぶれです。
公明党は組織がガタガタになるでしょう。

つまり、自民党は連立の相手を公明党から維新の会へ変える事になります。
維新の会も、徴兵制を容認してるタカ派、右寄り路線です。

日本の国は、どうあるべきか。厳しく問われる年になっていきます。





2013年に注目する、いくつかの事(1)

マヤ歴の終わり(12月22日)とともに、人類が滅亡しないでなによりでした。
この手の話はノストラダムスの大予言と同じで、宣伝した人たちの金儲け話だと思っていました。五島勉さんはどこかのリゾートホテルで高笑いしている事でしょう。

さて、2013年の今年、私が注目している事の1つには、いつ天皇が皇居を捨てて京都以西に居を移すかにあります。
東京を離れる時はパニックを避けるために、巡幸に出かけて、そのままちょっと逗留する形になるでしょうし、皇太子をはじめとする皇族たちも、何かのイベントに出席されて、その後合流するなどの、おだやかな離京になるでしょう。
天皇が東京に居られる事が、空気中の汚染度を測る安心の目安の一つです。

震災当時、官房長官であった枝野幸男氏は情報の全てを掌握していたので、直ぐさま彼は家族をシンガポールに避難させ、会見では「直ちに影響はありません」と言い続けました。
今、明るみに出された事実は、福島県知事の佐藤雄平氏です。
彼は大腸憩室出血で入院しましたが、家族が見舞いに来ません。
なんと、家族はメキシコに避難させています。

いつも、置いてけぼり、蚊帳の外に置かれるのは我々庶民です。
私たちに出来る事は、天皇が東京を離れる日の注目なのです。


用心、備えは必然です。
首都圏直下型地震は必ず来ますが、さて、時期については地震学者でも分かりません。
3,11の東日本大震災の時には、首都圏では駅にも道路にも「帰宅難民」で溢れかえりました。
東北の被災地の人々が、冷静に支え助け合っていたため、日本人は互助精神に溢れた民族であると我々は思っていますし、実際に、首都では家事火災の被害が起きなかったためにパニックはありませんでした。
しかし、直下型が来た時、壊滅的な被害になった時、一番恐れる事はこのパニックです。
東北がそうだから、東京でもパニックは起きないとは言えません。
コンビニやスーパーの陳列棚が翌日には空っぽになった事を思い出して下さい。
これが一週間、一ヶ月続いたらどうでしょうか。

ここに教訓があります。
関東大震災 大正12年(1923年)9月1日、マグニチュード7,9
11時58分の昼時であったため、134ヶ所から出火して延々と燃え続け、鎮火したのは2日後の3日午後2時。
死者行方不明者は10万5千人以上。
5日までの余震は936回。津波は各地に襲来し、とくに京浜地区は壊滅的な打撃を受けました。

今は携帯があり便利な世の中ですが、3,11の時は非常に繋がりにくくなった事で、携帯に頼れない事を私たちは自覚しました。
大正の時代は、電話そのものが一般家庭に普及してなく、テレビどころかラジオもありません。
ラジオ放送の実用化は大正末期の事です。
したがって、人々が情報を得るのは、電報と新聞だけです。
しかし、震災発生によって印刷機能は失われ、更に大火によって13社もの新聞社の社屋が壊滅し、最も早く復旧した東京日々新聞が発行されたのは、4日後の9月5日の夕刊でした。

つまり、震災によって極限状態の中にいた人々は、何一つの情報を得る事は出来ませんでした。
報道が何も無い状況の中では、ちょっとした噂やデマが拡大します。
「朝鮮人が暴徒化した」
「井戸に毒を入れている」
「放火して廻っている」
これらの流言飛語によって、各地で自警団が結成され警察官と一緒になって、多くの朝鮮人、中国人を虐殺しました。

噂、デマは常に我々の身近にあり、オイルショックの時のトイレットペーパー騒ぎは、つい最近の出来事です。


つまり、災害時の確かな「情報」が、身近に無い時の事を想定しなければなりません。
フクイチ事故での情報統制、隠蔽、ねつ造を思い出して下さい。
国をあげて、政府、東電、学者、テレビ、新聞、マスゴミ、すべての機関が、真実を隠しました。
例えば、この写真は海外では配信されましたが、未だに国内では未配信のままです。


衛星写真(フクイチ3号機の爆発)
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今、監視しなければならないのは4号機の現状です。
激しく損傷した建屋内のプールには、燃料棒(使用済み燃料集合体)が1533本あります。
この1533本の燃料棒を、安全な場所へ移し替えなければなりません。
東電は、去年の7月18日、19日にかけて、未使用の燃料棒2本を試験的に取り出しましたが、1本を取り出すのに、まる1日かかりました。
単純計算すれば、これら全部の取り出しには5年ほどかかる作業になります。
しかも4号機プールには、コンクリート片や金属板などのガレキが散逸して沈殿しているので、取り出し作業は非常に困難を伴います。
回収にはどれほど時間がかかるのか見当もつかない状況です。

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建屋そのものの損傷によって、いつまで持ちこたえられるのかも不明です。
外壁が西側に4,5cm傾斜しているうえに、建屋の地盤の沈下も確認されています。
東電では、震度6強まで耐えられるとの説明ですが、そのシュミレーション計算の根拠となるデーターを一切出して無いので、再試験での確認は出来ません。
今後、どれだけの地震が来るのか分かりませんが格納プールに、もしもの事があれば燃料棒が空気中に晒され、最悪の場合は崩れ落ち、日本中に核物質を撒き散らす事になり、日本は不毛の地になります。

弘前大被ばく医療総合研究所は11日に、浪江町民2393人のデーターをもとに放射性ヨウ素131による甲状腺の内部被ばく量は、推定で最大4,6ミリシーベルトだから健康への影響は少ないと発表しました。
さも、これで安心ですとのコメントですが、今も延々と放射能が漏れ続けている事実をしっかり認識すべきです。
廃炉には40年かかるとの事ですが、実際のところは不明です。日本は廃炉にした実績がありません。作り続けて来た経験しかないのです。

今現在では、2号機の圧力容器が、異常に温度上昇を続けている事が気になります。
つまり、フクイチは依然として非常に厳しい状況にある事を認識すべきです。
大地震の無いことを祈るしかありませんが、不安を抱えてじっとしてるのではなく、自分なりの覚悟、備えをしっかりとしておくことが大事だと思います。






路傍の小石

これが有名な、田中正造の遺品の小石です。

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                   (佐野市郷土博物館 所蔵展示)



田中正造が亡くなった時、懐の信玄袋の中は無一文で、代わりに3個の小石しか入っていませんでした。
裕福な庄屋の長男として生まれましたが、足尾銅山の鉱毒に対して、国家権力と闘い続けた生涯のなかで、全ての財産は郷里を守るために使い果たし、72歳の時、谷中村への帰路の途中、病に倒れて亡くなりました。
この3個の小石が遺品となりました。



ひたむきであること。
いちずであること。
信念をつらぬくこと。

人は言う。
失敗を恐れるな。
失敗は財産であり、
挫折こそが大きな根源である、と。

しかし、私は思う
信念など何もないし、いちずでもないけれど、失敗はしたくない
ましてや、失敗の財産など欲しくもない
遠回りなどしたくもないし
いつも成功する事、うまく行く事だけを求めて生きて来た
だが現実は、私の人生に成功と言えるものなど何もなく
あがき、もがき続けている毎日でしかない
人と較べるなと言うが較べてしまう
上を見てもきりがないし、下を見てもきりがないと言うが見てしまう
上を見ては嘆き、下を見ては俺だっておんなじだと思う
確実に分かる事は
明日の成功を夢見ても、もはや残り少ない人生である事だけが現実として実感できる

それでも私は思う
とにもかくにも、此処に居る
此処まで来た
歩くことが結果として道を行くことだった
歩くしかないんだな
それぞれが、それぞれの方法で、目的で、行動で、やり方でいいんだな
疲れたら休めばいいし
都合が悪ければ、考え直してもいいんだな
わずらわしい事、邪魔される事、非難される事に、くじけてもいいんだな
いくら泣いてもいいんだな
時々、迷ってもいいんだな
才能なんか無くてもいいんだな
何も残せなくてもいいんだな

歩くしかないんだ
呼吸するしかないんだ
しゃがんで、一個の小石を握る
三つなんて握る勇気は無い
この一個の小石をポケットにしまった

もと谷中村の、見渡す限りの葦の原っぱ。村の痕跡など何も無い、渡良瀬遊水地と云う名の、大平原のなかで、一人ぽつんと、吹き晒す冷たい風にあおられながら、そう思った。

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谷中村に移り住み、谷中村の人々と共に闘い、谷中村のために闘った田中正造の闘いは、結果として、谷中村の消滅という結果になった。
彼の功績とは何か。
谷中村は消えた。
道も山もブルドーザーで削られ、家屋は壊され田畑は埋められて、平坦に造成された何も無い、延々と続く広大な河原になった。
田中正造は谷中村を残せなかった。


彼の残したものは、名も無い3個の小石だ。
佐野市郷土博物館の展示ケースの中の小石を見ていて、身体の震えを止められなかった。
握りしめている両手のこぶしが硬直していく。
そして思った。
ありがたい。
生きていていいんですね。
これでいいんですね。
誰でもが生きていける事を証明してくれている。

貧乏?それがどうした
無名?だからなんだ
結果?そんなこと知るか
病弱?死ぬまで生きるさ
失うもの?そんなもの最初からあるもんか


生きられる事が嬉しかった
ホッとした
お前でもいいんだと言ってくれてると思った
そして、これからも生きて行っていいんだと思った
かたじけないと思った
路傍の小石が肯定してくれた。勇気を、生き方を伝えてくれた


そうだ。激励されたんだ。

やれる事ができれば、それだけでいい。やれる事が素晴らしいんですね
しかしどんな事でも、やる事は辛いし、困難が付きまとう
分かっています。持続は至難です
だから、時々休んでもいいんですよね
一歩を忘れなければ。


2013年の今年も、厳しい年になりそうです。
年頭に当たり、だからこそ今年こそはと思う人は多い。
いつも不安を抱えて生きて来た私もその一人です。
しかし今私は、どこにでもある一個の小石を心の中に持っています。
だから、不安だらけでも一歩を踏み出して、このブログを見て下さった方に呼び掛けます。
大丈夫ですよ。平気平気、どんまいどんまい。一緒に肩を組んで、共に今年を乗り越えて行きましょう。


この映像は日体大の寮生たちのエールです。
さあ一緒に、エッサッサと叫びましょう。
エーッサ エーッサ エッサーッサ







人生に寄り添うもの

知らないと言う事は、実にノーテンキで気楽なものだ。
何気なくユーチューブを見ていたら、壇上に座っているおっちゃんやおばちゃん達の、あまりの歌の上手さに吃驚して、思わず椅子から転げ落ちそうになった。
な、何なんだ、このおばちゃんたちは?
次々と前に出て来て、次々に歌っているので、アメリカ版カラオケ大会なのかと思って見ていたが、この人たちの圧倒的な歌の上手さに、目が点になり、耳が点になって、固まってしまった。
英語を知らないから、天井に吊るされた看板は「テント・リバイバル」としか読めない。
ん?意味がまったく分からん…

初めのうちは、テント小屋だから、入場者が多かったので入りきれないお客さんたちを壇上に上げたのだろうと、のんびりと見ていたが、そのお客さんたちの歌があまりにも上手いので、圧倒されてただただ呆れ果て茫然とするばかりでした。





私はゴスペルソングとは黒人の讃美歌だと思っていました。
何も知らずに暢気なもので、黒人の修道女が歌う「天使にラブソングを」という映画の歌声がゴスペルだと思っていました。
ユーチューブの中の、この人たちが歌うのは、サザンカントリーゴスペルという南部開拓時代に教会で生まれた歌だそうです。
教会の歌だからキリスト讃歌ですが、カントリーゴスペルはプロテスタント信者が歌うものなので、カトリック信者は歌いません。当然、黒人も歌いません。
宗教の難しいところですが、それぞれに垣根、壁があります。
カトリック系はグレゴリオ聖歌から始まる、いわゆる讃美歌を歌います。
また、当時の黒人たちは当然ながら白人の教会へ行けなかったのでカントリーゴスペルを知りません。
しかし黒人たちは、奴隷の苦しい暮らしのなかで、「神の元では皆平等であり、死後、魂は自由になり、神の元に召される」教えに憧れて、自分たちの教会を作り、讃美歌を作って歌い、これが黒人霊歌の始まりになります。

時代の移り変わりと共に、黒人音楽発祥のジャズにも白人の演奏者が居るように、このユーチューブ画面を見ていると、ほんの僅かですが、黒人の姿があって、少しづつ垣根が低くなっているようでホッとします。
ただ、画面を見ていると高齢者が目立ち、若者には関心の無い音楽になってしまったのでしょうか。
こんなに素晴らしい音楽なのに残念です。






壇上に居並ぶ人たちは、それぞれが個人やチームで活躍しているカントリーゴスペルシンガーたちですが、これだけ大勢のプロを集めてゲイザーゴスペルグループとして活動しているのが、右端に立っているビル・ゲイザー(76歳)です。彼は自分のボーカルバンドを持ち、40年のキャリアを持つプロ歌手ですが、プロデューサーとしても見事な手腕です。

このゲイザーグループの中に、一組のコーラス家族を見つけました。Collingsworth Family と言うそうです。
ミュージカル映画「サウンドオブミュージック」の中のトラップ一家がスイスに亡命しないで、テキサス州のコリングスワース郡まで行ってしまったのかと思いました。

では、コリングスワース家族の2006年のコーラスです。
 (英語の説明文の表示になりますが、その画面をクリックすると、家族コーラス画面になります)



お母さんのキムさんは、カーペンターズの故カレンと同じ声質で、聴き惚れてしまいます。
末娘のオリビアは可愛いですね。次女のコートニーと息子のフィリップはちょっと健康優良児過ぎのようです。オヤジのトラップ大佐、じゃなかった、フィルさんと同じ体質なのでしょうか。長女のブルックリンは美人さんですね。
そして12年の月日が過ぎた今は、子供たちもそれぞれに成長して家庭を持ち、三世代の大家族コーラス団になりました。

それでは現在の家族コーラスをお聴き下さい。




見事なハーモニー、子供たちの成長に深く感動します。
人生と共に歌はあり、歌は勇気と喜びと優しさを伝えてくれます。

キリストを讃えて歌っても、アラーの神を讃えても、お釈迦様を讃えても、私は同じ事だと思っています。
歌う事によって、生きる勇気をもらえればそれでいいし、それだけで素晴らしいのです。
苦しい時には、歌って歌って歌い続けていけば、人生はほんの少し楽になり、そして明日を信じられるようになれます。




このご家族の三人の姉妹弟たちは、苦しい時も悲しい時も、そして喜びを分かち合う時も、歌いながら長い長い人生を歩いて来たのですね。
歌は、人生に寄り添ってくれる、かけがえのないものです。










 
この小さなブログを始めて一年になりました。
書くべき事はまだまだあるのですが、これからはブログページを開く事は少なくなりそうです。
実は、私が所属している日本琵琶楽協会の事務をされていた高橋すみゑさんがお亡くなりになりました。
私に、琵琶詞「絵島 配所の桜」を提供してくれた女流小説家でもありました。次回作、日本最初の鉄道敷設途中で亡くなり、横浜外人墓地に日本人妻と共に埋葬されている英国人E・モレルを題材とした「連理の梅」詞文の完成真近かでした。残念です。
一手に事務業をされていましたが、これからは私にもかなりの事務負担が増える事になり、演奏活動に加え、弟子たちの稽古日も増えてるなかで、残念ですが時間的余裕は無さそうです。
ブログ閉鎖を考えましたが、もともと不定期のところ、ますます更新が遅れる事になりますが、細々ながらも続ける事にしました。
せっかくご訪問戴いたのに、これからは疎遠にならざるを得ず、申し訳ありません。
拙文にお付き合い下さり、ありがとうございました。
お出で戴いた皆さまに感謝致します。これからも時々ご訪問下されば幸甚です。
来年も皆さまにとりまして、ご健勝にて幸多き年でありますよう、お祈り申し上げます。
岩﨑玄龍





国体(国民体育大会)の意義と意味 (2)

終戦翌年の昭和21年(1946年)に第1回国体(京阪神地区)が始まりましたが、一面焼け野原のなかで生きて行くのに精一杯の人々に、高邁な理想を掲げた国体は希望と夢を与える催事でした。

スタジアムの建設、スポーツ競技の普及、指導員の育成、経済波及効果など。
しかし、毎年行われる都道府県の持ち回り開催も、一巡してしまうとホコロビが見えて来ました。

せっかく地元に普及定着したアマチュアスポーツ団体だが、開催が決まると使用していた競技場は国体選手が使用するためにアマチュア団体は締め出されて、競技場の利用は出来なくなります。
その国体選手は「ジプシー選手」と呼ばれ、大会優勝のために他県から集められ、県体育協会の嘱託として、一人年間約400万円の嘱託料を払っています。
開催県の総合優勝は、今では当然の約束事になりました。

昨年の山口国体(2011年)の場合
「居住実態」が無いとして、72選手が参加資格違反となりましたが、結局、罰則を見送り、派遣した山口県体育協会を厳重注意とするだけでした。
そして山口県は見事に総合優勝をして天皇杯を授与されました。
ちなみに、今年の岐阜国体では、山口県は10位でした。(当然、開催県の岐阜県が優勝しました)

巨額の税金を注ぎ込んで立派に建設されたスタジアムや各競技場も、国体が終われば利用頻度が無く、維持管理に又、税金を注ぎ込む事になり、地方行政の財務を圧迫しています。

国体の観客増加はほとんどありません。NHKテレビの3chでほんの少し放送するだけです。一般国民はどこでいつ国体があるのか、興味も関心も無くなっているのが実情です。
したがってホテル、旅館の経済メリットはありません。
「選手団」を受け入れても、単価の安い選手宿泊費のうえ、作った事もない「国体標準食」を用意しなければならず、更に、負けると選手はキャンセル料を払わず、(又は低額)直ぐに帰ってしまいます。
経済効果どころか、観光シーズンにはマイナスになり、受け入れたくないのが本音との事です。


「天皇杯」や「皇后杯」を獲得するためにジプシー選手を集める国体になってしまい、本来の目的であった、「地元にアマチュアスポーツを普及発展させる」事はなくなりました。

畠野毅氏(新潟県体操クラブ指導者)は、地元での体操競技の普及のために40年間に渡り、指導員として新潟県の体操界に多大な貢献をしてきましたが、新潟国体(2009年)の時、県は地元で育った選手を選ばず、県外から集めたことに対して、畠野氏は厳しく批判しました。

「総合優勝だけを目的として多額の税金を使い、スポーツ振興のために地道な努力を続ける事を無用とする国体はやめるべきだ。
結局、国体の受益者は、地位、名誉や利権を求める行政、競技団体、教職員などであって、地道にスポーツ振興を目指して努力している指導者や選手ではない。
だから国体は、地域のスポーツ振興の役に立つどころか有害でしかなく、廃止すべきだと思います」


切実な訴えですが、国で決まった事を覆す事は至難です。
来年(2013年)は東京都、14年は長崎県、15年は和歌山県、16年は岩手県、17年は愛媛県、18年は福井県、19年は茨城県、20年は鹿児島県、21年は三重県が決まっています。

施設の拡充や経済効果を見込んで、県が立候補をして目出度く開催が決まると、県は5年前から「開催準備室」を設けて莫大な予算を組みます。
「国体」はスポーツ振興法で、国、体協、県の三者共催ですが、財政負担のほとんどが県の負担です。
実態は不明ですが100億円を越える税金を投入する行事に対して、さすがにひっ迫している地方財政を背にして、全国知事会で、国体改革の提案、要望が出されていますが、未だに改善も変化もありません。

ここではっきりさせておく事は、国体は「競技の記録や更新を求めるものではない」と言う事です。
オリンピック代表選手を育てるものでもないし、競技の新記録を作る催しでもありません。
卓球の福原愛ちゃん、スケートの浅田真央ちゃん、ゴルフの石川遼クン、体操の内村航平クンなど
世界に通用するアスリートは、すべて幼児期から徹底的に英才教育を受けて育てられて来ました。
彼らは皆、家族や地域クラブ、指導者の個人的、献身的な指導を受けて、毎日毎日を練習漬けで明け暮れて来ました。
世界で活躍するには、幼児期からのスパルタ方式で培わなければ通用しないのは、世界常識です。

対して、国体競技は「銃剣道」も含めて、アマチュアスポーツの定着普及であり、一般市民のスポーツを通した体力向上を図る健康増進が目的です。
楽しめばいいのです。
多額の税金をかけた、アマチュアスポーツ関係組織の役員たちが楽しむ催しなのです。

インフラ整備の土木業、各種競技用機材からユニホーム、タオルに至るまでの必要備品の納入業者
文科省役人の天下り、組織の既得権、多くの利権、地元企業との癒着
莫大な税金を注ぎ込んだこの美味しい行事は、あらゆる批判を呑み込んで、平然として存続している巨悪の見本です。






国体(国民体育大会)の意義と意味 (1)

国体(国民体育大会)の批判が言われて久しい。

「広く国民にスポーツを普及し、アマチュアリズムとスポーツ精神を高揚して国民の健康増進と体力の向上を図り、地方スポーツの振興と地方文化の発展」を目的としています。

この説得力に満ちた素晴らしいスローガンの前には、批判しようとしても声が委縮してしまいそうです。
高々と理想を掲げた有意義な催し物であるのに、どうして批判が起こるのでしょうか。

国体に参加する「選手団」の団長は、各県の体育協会会長が務めます。その下に副団長、総務、視察員などがいます。
「選手団」とは別に「役員団」があり、体育協会役員や各競技団体役員、都道府県の職員、体育協会職員などで構成されています。
選手団の団長を務める県体育協会会長は、その地方の財界トップがなりますが、去年(2011年)の山口国体では、知事の二井関成氏が山口県体育協会会長でした。

総本山の日本体育協会の現会長は、トヨタ自動車会長の張富士夫氏です。前会長は元首相の森喜郎氏でした。
この日本体育協会には、57の競技団体が加盟しています。
(日本陸上競技連盟、日本水泳連盟、日本サッカー協会、日本バレーボール協会、全日本軟式野球連盟、日本ゴルフ協会、日本馬術連盟、日本テニス協会、日本相撲連盟、日本レスリング協会、日本山岳協会、日本バスケット協会、日本体操協会、日本卓球協会など他43団体)
更に準加盟4団体、
(日本ローラースポーツ連盟、日本ダンススポーツ連盟、日本アメリカンフットボール協会、日本チアリーディング協会)
関係スポーツ4団体、
(日本障害者スポーツ協会、日本中学校体育連盟、日本スポーツ芸術協会、日本女子体育連盟)
都道府県体育協会、等で構成されています。
いかに日本体育協会がスポーツ界の巨大な「元締め」であるかが分かります。

この組織の役員、職員の接待をするのが、主催県の「総務」です。


愛媛県の「総務」をした人のブログ atoere.com より。
最も大変なのは「総務」で、「役員」やら「視察員」の現地でのお出迎えから始まり、宿泊地での「部屋割り」「開会式前日の宴会」の手配etc…
最も大きな「秋季大会」(現在では秋季と夏季が統合されたみたいだが)では役員数も多いので、我がままおじさん達のために奔走する。(中略)
「山梨国体(秋季)」では「愛媛県役員団」と一緒にjRで行ったのだが、停車時間3分位の駅で「ビールを買ってこい!」と言われて、ギリギリで車中に帰ってくると、皆さん「自前のウイスキー」を呑んでいる。
本当は要らないのに、「面白半分」で買いに行かされる。
今までに何人も乗り遅れたらしい。

旅館に着いたら着いたで、夜中に起こされ「部屋を代われ」と言われる。
それでも「開会式」が終わると、役員さんはみんな観光地に遊びに行くので、その「我がまま」から解放される。

「八戸国体(冬季)」は最悪!
「愛媛県選手団総務」で参加した時の事、「団長」と「総監督」と3人部屋。
その当時20代後半であったと思うが、60代と70代のおじいさんと一緒だ。
まづ、夜になってから「大会本部に行って来い」と言われ、氷点下の中を行った。
大した用事でも無い「愛媛県選手団が到着した」ことを報告に。 (中略)
翌日は「開会式」 (中略)
「開会式」が終わると、また「団長」「総監督」のやんちゃが始まった。
式場近郊には、地元の郷土食を無料で振る舞うブースがいくつもある。
予想通り、おじいたちは全部食べてみる。
食べ終わると「団長」は、「八戸の漁港に行きたい」と言い、その後「用事があるので松山に帰る」と、そそくさと帰って行った。
そんな事が「愛媛県選手団総務」の仕事であった。


今年(2012年)の岐阜国体の場合、総額費用180億円のうち、
「開会式」式典だけに費やした金額は、7億円を越えました。

スポーツを楽しむのでは無く、スポーツを楽しむ行事を餌に楽しんでいる役員団の実態は、目に余るものがあります。
1946年に第1回国体が京都府を中心に開催されて以来、毎年、都道府県の持ち回りで運営されて来ましたが、もうすぐ2順目も終わろうとしています。

当初は、いわゆるインフラ整備、市民へのスポーツの啓蒙、健康増進など、それなりに意義はありました。
1順目が終わったころから、批判が起こり始めました。

批判とその根拠を、次回もう少し続けて書かせて頂きます。





印象と記憶と想像と現実と

やっぱり、そうでしたか。
おいら、最初から怪しい奴だと思ってたんですよ。
朝、顔を合わせりゃ、ちゃんと挨拶するし。
ね、おかしいでしょう?今どきちゃんと挨拶する人なんていませんよ。
みんな知らん顔して挨拶なんかしないのが礼儀ってぇもんですよ。
それにしても、そのまんまですね。メガネはずせばおんなじ、何にも変わったとこ無いし。眉だっておんなじ。髪型は分け方の違いだけでしょう?よく今まで捕まらなかったですねえ。
ほんと。真面目でさ。口のきき方だって丁寧だしね。これって絶対怪しいでしょう?
ぶっきらぼうとか汚い言い方とか、ため言葉が今どきの正しい口のきき方ってもんですよ。
彼は敬語ですよ。ね、敬語なんか使う奴にろくな奴はいませんよ。

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ええ、みんなで噂してましたわ。
清楚な感じで、嫌な奴だって、もっぱらの評判でしたわね。
そりゃあもう派手なとこ全然無くて、おとなしそうで、ナニお上品ぶってるのかって、みんなに嫌われてましたよ。
スーパーで顔を合わせりゃ、ニコッと笑ってお辞儀なんかするのよ。気持ち悪いでしょ?みんなシカトーしてるか、あたり構わずベチャベチャおしゃべりするのが女ってもんでしょ。
だいたいね。私らオバさんになれば、ちょっとは太るもんよ。ナニあの女、すらりとして気持ち悪いわよね。
変な女だと思っていたのよ。ね、やっぱりでしょう?
メガネ付けてても全然変わらないわよね。おんなじよね。
女って化粧するから別人に見えるだけよ。素顔なんか何年たっても変わるもんじゃありませんわ。

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都会には怪しい人って必ずいるから気をつけなくちゃね。
ほんと、怖い世の中ですわ。
エスカレーターだって、あれは真ん中に立って乗ればいいんでしょ?
東京はみんな一斉に左側に立つのよ。右側に立っていたら怒鳴られちゃうわよ。
右側は歩くんだってさ。
なによ。歩くなら階段を使えばいいでしょう。都会は変な人ばっかりよ。

そうそう、東名高速を夜に走った時にね
先が渋滞してて減速しだしたら、トラックが右折のランプ点けるのよ、みんな。
真っ直ぐの道なのに、どこ右折するのかと、吃驚したわよ。
渋滞で止まったら、今度は非常用ランプのハザードをチカチカ点けるのよ。
なによ、これって。私、交通法規で習わなかったわよ、そんなの。
みんな怪しい人ばっかりよね。


変な人ってどこにでも居るのよね。
たとえば電車の中なんかで、直ぐに席を立って、年寄りに席を譲る人がいるでしょ?
あれ、絶対怪しい人よね。
だいたい、シルバーシートに杖ついた人が来ても、席なんか立たないで知らん顔してるのが普通でしょう。
誰も席なんか譲りませんよ。
寝たふりしたり、携帯いじってるのが常識よね。
でも、いるのよ。時々変なのが。
スーッと席立って譲っちゃってさ。危ない人よ、そんな事するのは。

あんたも気をつけてね。
席なんか譲っちゃダメよ。
変な事しちゃ、すぐに公安に目を付けられるからね。
公安を舐めたら大変なことになるわよ。
植草一秀先生は、ハンカチで顔拭いただけで、痴漢行為で逮捕されちゃったんだから。
ほんと、公安は優秀ですわ。
小沢一郎さんは無罪になっても、捕まえた人も、扇動した人もみんな知らん顔よ。
偉いわよねみんな。あれだけ執拗に人格攻撃を続けても、絶対に謝っちゃダメよ。
書きすぎました。言いすぎました、なんて謝る人はみんな怪しい人よ。
さすがにマスコミも分かってるから、小沢攻撃報道を延々と続けて来ても、無罪だったなんて言う必要ないのよ。
ほんと立派よねえ。

どんな人でもすぐ捕まえちゃうんだから。
素晴らしい国ですわ。
犯罪者と決められたら、もう絶対に逃げられないのよ。
プロの捜査はホント緻密よね。
こんな言葉、さすがに私らには言えない言葉だわ。

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これだけ絞り込まれたら、捕まえたも同然よね。
何処へ逃げたって、もう逃げ切れないわよ。
このあと、「犯人は男、もしくは女でしょう。逃走先は北海道、または本州、あるいは四国か九州に間違いないでしょう」と確信に満ちて、力強く言われたら感激しちゃうわね。
すごい分析力。

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すごいリアル。
これだけ詳細な似顔絵で手配されたら、誰だか直ぐに分かってしまうわね。
何処へ逃げたって、すぐに捕まっちゃうわ。

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し、し、知ってるよ。
あ、あ、あいつにまちがいないよ。
そっくりだー!






後継者(跡目)

今度の第46回衆院選の世襲候補は、自民92人、民主26人が立候補しました。
政治の世界では、世襲議員が多い。
後継者の決め方は様々ですが、政治の世界は3バン(地盤、鞄、看板、)と言って、安易安直な慣れ合いと見られて世間の批判を浴びています。
職業として見ると、俳優と政治家に二世が目立ちますが、それだけ俳優や政治という職業は、誰にでも簡単に出来る仕事だという事なのでしょう。

さて、後継の話からちょっと離れますが、日本語のこまかい表現の違いについて、なるほどと納得させられます。
1、悪事に手を染める
2、悪事から足を洗う
3、顔を洗って出直す
悪いことをするのを、「悪事に手を染める」と言いますが、しかし、悪いことをやめる時は、「足を洗う」と言います。
手は汚れたままでも、足だけを洗えばいいようです。
なぜ手でなく、足を洗うのでしょうか。

どうやら、敷居を跨ぐためのようです。敷居を跨いで入り、その世界の行為をする。
今では、敷居の無い家ばかりですが、敷居を跨いで家に入ることは、身内になる、一門になる。ゲタを預ける、とも言いますね。
俺は○○一家だ、とテリトリーを強調する事になる。
○○一家の親分の世話になる。
政治の世界はだいぶ変わりましたが、派閥も同じことで、親分子分関係と言われました。

敷居を跨いで家に入り、兄弟になり、親子関係になりますが、「足を洗う」のは家から出て、身内を解消する行為です。
今では政治世界は、派閥の解消が求められ、締め付けも金の配分も無くなり、派閥から脱会することや、党から脱党することは容易のようですが、ヤクザの世界では、円満に「足を洗う」ことは稀です。
ヤクザは定年など無い業界なのでしょうが、円満退社(組)とは、なかなか行かないようです。
この世界から離れるのは、悪い事(?)をした時です。
義に外れた事をすると、破門されて、破門状が国中のやくざ組織に伝達されます。
勢力争いをしているライバルやくざにまでも、破門状は届けられ、ブラックリストとして壁に貼られます。
つまり、破門状を出されると、もうヤクザには再就職ができません。
それなりに、掟のある厳しい業界のようで、次々と政党を渡り歩ける政治家とは違います。


「足を洗う」とは、敷居を跨いで入った世界から元に戻る行為を指します。
そして、足を洗って出直すには、顔を洗って出直します。
なぜ悪事に染まった手で無く、顔を洗わねばならないのでしょうか。

出直すには、決意と反省が必要であり、その確認作業が顔を洗う、という行為なのでしょう。
顔は人格を表す名刺です。
一から出直す、とも言いますが、「一から」は初心に戻ることを意味します。
政党を移っても、また政党を作っても、政治家は顔を洗うこともなければ、ましてや一から出直そうなんて思ってる人は一人もいません。
反省する人は、政治家には向いていません。自信と主張と押しが政治家の資質です。

この10年で首相は、森喜郎~野田佳彦氏まで、8人が変わりました。
(小泉純一郎、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎、鳩山由紀夫、菅直人)
これも政治権力の争そいと見れば、凄まじい世界なのでしょう。
しかし、ころころ変わるのは、何やら軽い存在に思えてしまいます。



それに較べると、ヤクザの継承襲名は、厳かな感じです。



東映映画を見ているようで、笑ってしまいます。
撮影しているカメラマンもヤクザなのでしょうか。
アテレコの尺八吹きは、ヤクザではないと思いますが、いや…もしかしたら尺八が趣味のヤクザなのかも知れませんね。
さすがに琵琶が趣味のヤクザは居ないと思います。


アメリカでも大統領選挙があり、中国でも全人代で指導者が変わりました。
内実は、激しい権力闘争なのでしょうが、表向きは平穏でなによりでした。

いつの時代も後継問題は難しく、争そいの血が流れる騒動が歴史の常でした。
後継の理想は、堯舜(ぎょうしゅん)の世に尽きます。
もっとも4千年も前の春秋時代の伝説が、美談として伝わっている事自体、禅譲が如何に難しい事であるかの証明でもあります。

主義主張は生きて行く上でどれほど大事なことなのでしょうか。
曲げない生き方、ブレない生き方は、それなりに立派な生き方でしょう。
顔を洗って出直す生き方も、立派だと思います。

評価とは、自分が出す事ではなく、人からされる事です。
堯は皇帝なのに粗末な宮殿、粗末な食事、粗末な衣服を身に纏い、人々と暮らしを共有しましたが、それを大衆が評価しました。
そして皇位を倅の丹朱に譲らずに、有徳の人をもとめました。
推挙された舜は、少年時代から苛められていた継母を愛して親孝行を重ね、弟や妹を慈愛し、それを廻りの人々が評価しました。
堯も舜も、自分は当たり前の生き方をしていると思っていただけです。

世の中は、打算やシガラミ、損得と我慾、力関係、そしてマネー
私は、朝昼晩、忙しくずっと顔を洗い続けなければなりません。






月に想う

昔から私たちには月は身近な存在です。
澄み渡った夜空に輝く満月を見上げれば、確かにウサギが餅つきをしているように見えます。

日本では「ウサギの餅つき」ですが、同じ模様でも中国では「薬草を錬り潰すウサギ」に見えるとの事です。

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薪を担ぐ男(ドイツ)に見えたり、水を入れたバケツを運ぶ男女(北欧)に見えたり、世界の各地域それぞれが、様々に見える事が面白いですね。

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同じものでも、違って見える。
同じものでも、違って聞こえるのが、ニワトリの鳴き声です。

日本     コケコッコー
アメリカ   クックアドゥールドゥ
ドイツ    キッキレキー
フランス   コックェリコー
イタリア   ココリコー(キッキリキー)
スペイン  クィクィリクィ
ポルトガル クィクィレクィ
ロシア    クカレクー
北朝鮮   コッキョクウクウコーコ
中国    コーコーケー
インド   クックーローロー
アラブ   クックーエーココーコ
スリランカ コークーアーコケーコケ
ニュージーランド  コケコッコー


どうやらニュージーランドにいるニワトリだけは、日本と同じニワトリのようで、なにやら安心します。


さて、月の模様とは様々なクレーターのことですが、「クレーター」の名付け親は、あのガリレオです。
1609年11月30日、手作りの天体望遠鏡(今風に言えば非常にチャチなものですが)で、月を観測した時に、それまでは球体と思われていた表面に多数の凹みを確認し、皿を意味するラテン語craterを元に、命名しました。

今では、ほぼすべてのクレーターに名前が付けられていますが、主な約1500のクレーターには人名が付いています。その他の小さな約7000のクレーターは識別名(サテライトフィーチャー)が付いています。
例外として、アポロ計画を記念したアポロ(2番目の大きさ)がありますが、他の全ては、人名です。



1500人もの名前の中の一人
ジョルダーノ・ブルーノ・クレーター

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月の裏側に位置する北緯36度、東経103度の直径20㎞のクレーターです。
このクレーターの起源や成立をめぐって、最近では天文学者の注目を集めていますが、私が注目するのは、ジョルダーノ・ブルーノ、その人です。



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私はいつも歴史に触れるたびに、残酷な無意味さ、バカバカしさ、滑稽さ、空虚さを感じてしまうのですが、ジョルダーノ・ブルーノは(1548~1600年)火あぶりの刑で処刑されました。
権威、神の教え、救済、原罪、聖者
今振り返れば、これらの言葉は皆、むなしく響きます。

彼は、まさに画期的な説を唱えました。
地動説を更に発展させ、宇宙は無限である、と説き、宇宙には無限の太陽系があると主張し、彗星は神の意志を伝達する役目をもって天界から飛来するとして、更に、「神」とは心の中に内在する存在であって、天国から地球を見るものではない、と主張しました。


これは、当時にあっては、あまりにも異端の説です。
異端審問で糾弾され、サン・タンジェロ城の石牢に8年間投獄されますが、その間の厳しい尋問にあっても、「宇宙の無限性」と「万物は輪廻する」説を曲げませんでした。

魔術や占術など24に及ぶ罪状のもとに、1600年2月17日、カムポ・デ・フィオーリ広場にて、火あぶりの公開処刑にされました。(享年52歳)

処刑前に、罪を認め悔い改めると、火あぶりでなく、絞首刑に減刑されます。(死そのものは免れません)
執行直前に説得されると、大抵の人は、土壇場で罪を認めてしまいます。
当時の人にとって「火あぶり」は、とてつもなく恐ろしい事なのです。
当時は土葬です。つまり死体は天国へ行くための存在そのものとして必要なのです。
火あぶりになる事は、「死体が消えてなくなる」。つまり、自分が地獄にも行けない。自分自身の存在そのものが、消えてなくなる事を意味し、その恐怖心は凄まじいものでした。
火あぶりより、死体が残る、楽な?絞首刑を望むのが土壇場での人間の本性です。

ジャンヌ・ダルクも火あぶりの刑で処刑されましたが、彼女の場合、火が燃えさかり死亡が確認されるやいなや、急いで火が消し止められ引きずり出されて、群衆にむかって足を広げ女性器を晒されてから、あらためて火の中に戻し、灰になるまで焼かれました。(男装していたため、魔女であったとの確認)

ジャンヌ・ダルクもガリレオ・ガリレイも、歴史の過ぎ行くなかで評価されてきました。
ジョルダーノ・ブルーノも、19世紀になって著書「無限、宇宙及び諸世界について」が大きく評価されるようになりました。
そう言えば、バチカンが「ガリレオ裁判は過ちであった」と公式にコメントしましたが、ジョルダーノ・ブルーノについてまでは言及していません。

聖職者であれ、タリバンであれ、自分たちの行いは正しいと思って行動しているのが辛い。
魔女裁判で火あぶりの刑の宣告をした司教たちも、スクールバスに乗り込み、14歳のマララちゃんの頭部を銃撃したアフガニスタンのタリバンも、皆、自分の行いは正しいと思っている。

所詮、正義とは時代の産物でしかない。
平事では人を殺せば、殺人罪で投獄される。
有事では、人を殺すほど、英雄になれる。



目まぐるしく変わる地球での出来事をよそに、何ら変わる事なく46億年ものあいだ、ウサギやカニやライオンの模様のまま、今日も月は夜空に浮かんで地球を廻っています。









これも、なーんだ?

2012年は、人類が滅亡する年と言われて来ましたが、今や11月、残り1ヶ月になりました。
やれ、アセンションだ(次元上昇)。太陽系がフォトンベルトを通過する時だ。やれ、地球の南極と北極の地軸が逆転する。エレニン彗星がぶつかる。今度はニビルの接近が近付いている。などなど。
マヤ歴が12月22日に終了するので、散々不吉な事が言われて来ました。
たいがいは幻惑、妄想の類ですが、不思議な事があるのも事実です。


当ブログの「雑多写真」アルバムに貼り付けた、オスロ(ノルウェー)のスパイラル写真

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ロシアのミサイルの発射実験の失敗との報道でしたが、ノルウェー上空には飛んで無かった事が判明しました。
このオスロ写真の動画が、これです。





この不思議なスパイラル現象は世界各地で目撃されるようになりました。


























極めつけが、このカナダ上空映像です。






この映像はスパイラル現象ではなく、日本での映像ですが、ご夫婦らしき人の会話の語彙の貧しさに唖然としました。



しかし、だからと言って、野球放送のように、絶叫生中継をされたら、もっと唖然とするかも知れません。
語彙の貧しさは、それなりに臨場感があって、緊張しているのが伝わって来るので、まあ仕方ないのかな。





軍事衝突の意味すること

尖閣問題で中国が硬化し、中国船の領海侵入で緊張が高まり、軍事衝突の危険性が言われるようになりました。
マスコミは、直ぐにでも中国軍が尖閣諸島に上陸を強行して、戦争状態に突入するだろうとして、中国軍と自衛隊との比較を盛んに言うようになりました。

中国海軍の脅威の一つが空母「遼寧」(リャオニン、6万7千トン、全長300m)

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中国は東アジア諸国で唯一、空母を所有する国になりました。
盛んに脅威論が言われていますが、実態はポンコツ船のようです。

ウクライナから、エンジンが無いまま購入したので自前で取り付けました。
本来、空母エンジンには蒸気タービンやガスタービンを設置するのですが、中国は国産化が出来ずに船舶用ディーゼルエンジンを装備しました。
これは致命的欠陥です。
艦載機の発進時には、空母は30ノット(54㎞)以上の速力で向かい風を作って、充分な揚力をつけた状態で飛ばします。
しかし、「遼寧」は最高速度19ノット(35㎞)のため、艦載機は発進出来ません。
揚力補助推進具のカタパルトもありません。
また、空母は滑走路が短かいため、艦載機の帰還にオーバーランを止めるために、制御ワイヤー、フックなどの停止補助具の装備が不可欠ですが、アレスティングワイヤーの発注をロシア側に拒否され、急きょスウェーデン製を取り付けたとの事で、正常に機能するかは不明です。

確かに「遼寧」はポンコツ船のようですが、将来6隻の空母を所有するとのことで、現在、上海の江南造船所で2隻が建造中です。


中国軍230万人に対して自衛隊は22,5万人です。
中国艦船も1090隻に対して自衛隊は143隻
空軍機も2070機に対して自衛隊機は420機です。

しかし、数の差が軍事上の優劣ではありません。
中国軍の装備は旧式のため、現実に実戦となれば圧倒的に差が出るだろうとの、軍事専門家、評論家の意見です。
確かに自衛隊の装備は優秀で、軍隊の実力は世界4位(米ロに次ぐ3位説も)とのことです。


マスコミのむやみに安心を煽る風潮が恐ろしい。
「尖閣を制圧するのはどっちだ」 (週刊朝日 10月5日号)
「自衛隊のほうが中国海軍より強い」 (週刊現代 10月27日号)
米国ジャパンハンドラーズ(日本操作専門チーム)による、アーミテージレポートやジョセフ・ナイの策略に乗ったマスコミ論調を警戒しなければなりません。


絶対に日本は戦争は出来ません。
やれば絶対に、悲惨な負け方になります。
現代戦争とは弾丸飛び交う市街戦ではありません。
日本には致命的な負ける要因があるのです。

それは、原発54基が全部海辺に存在している事です。
そして海から簡単に侵入が可能な事です。

たとえば、海上から「不審なもの」が近づいた場合。
国際法上では、海上保安庁が日本の領海の外で警戒し阻止しますが、「不審なもの」が海上保安庁が対応できない、相手が武器等を所持していると判断した場合は、「海上警備行動」が発令されて、海上保安庁から海上自衛隊に対応が切り替わります。
更に、「不審なもの」が海上から上陸した場合の対応は、
海上保安庁や海上自衛隊ではなく、「警察庁」の対応に切り替わります。
しかし、「不審なもの」がミサイルやロケットを所持し、対応できないと判断した場合は、
「防衛出動令」か「治安出動令」が、国会承認された上で出されて、初めて自衛隊が出動できます。
戦後60年間、防衛出動令、治安出動令が発動されたことは一度もありません。

また、テロに備えて、原発地の周辺に、自衛隊が常時、警戒監視や情報収集にあたる行動も出来ません。
自衛隊を駐留地から外に出動できる「領域警備法」は必要性の議論はされていても、未だに制定への具体性はありません。

つまり、平時に「不審なもの」が原発を攻撃しそうだ、或いはロケットが一発飛んで来た時に、自衛隊出動の法律上の取り決めが、未だに全くない事が最大の問題であり、これが我が国の実態です。

日本を取り巻く海岸に54基もある、こんな無防備な状態の巨大な原爆装置は、破壊するまでもなく、冷却装置を止めるだけでいいのです。
原発という地獄の釜は冷却し続けなければならない宿命です。
冷却装置の電源さえ止めれば、メルトダウンや3号基のように水蒸気爆発を起こすのはフクイチで証明済みです。

原発54基の所在地(17ヵ所。13道県)
泊原発 (北海道電力) 3基  
   北海道古宇郡泊村
東通原発 (東北電力) 1基
   青森県下北郡東通村
女川原発 (東北電力) 3基
   宮城県牡鹿郡女川町
福島第一原発 (東京電力) 6基
   福島県双葉郡双葉町
福島第二原発 (東京電力) 4基
   福島県双葉郡楢葉町
東海第二原発 (日本原子力発電) 1基
   茨城県那珂郡東海村
柏崎刈羽原発 (東京電力) 7基
   新潟県柏崎市
敦賀原発 (日本原子力発電) 2基
   福井県敦賀市
志賀原発 (北陸電力) 2基
   石川県羽咋郡志賀町
浜岡原発 (中部電力) 3基
   静岡県御前崎市
美浜原発 (関西電力) 3基
   福井県三方郡美浜町
大飯原発 (関西電力) 4基
   福井県大飯郡おおい町
高浜電発 (関西電力) 4基
   福井県大飯郡高浜町
島根原発 (中国電力) 2基
   島根県松江市
伊方原発 (四国電力) 3基
   愛媛県西宇和郡伊方町
玄海原発 (九州電力) 4基
   佐賀県東松浦郡玄海町
川内原発 (九州電力) 2基
   鹿児島県薩摩川内市

この他にも、停止中の、もんじゅ(日本原子力研究開発機構) 福井県敦賀市
建設継続が決定した、大間原発(青森県下北郡大間町)
建設停止中の、上関原発(中国電力) 山口県熊毛郡上関町があります。

これらの、たった一か所の電源を破壊すれば、日本は終わります。


しかも、更に更に更に更に、恐ろしいのは、核燃料を使用する会社、事業所が日本じゅうに、ほぼ無防備に195事業所も存在している事です。
これらを爆破炎上させ汚染物質を拡散させれば、日本にはもう住む事は出来なくなります。

<核燃料物質を使用する事業所一覧>
1、 青森県原子力センター。青森市駐在
2、 青森県原子力センター
3、 青山学院大学相模原キャンパス
4、 (株)アライドテック 富山事業所
5、 旭化成(株)研究開発センター。川崎駐在
6、 旭化成(株)延岡支社 日向細島一区事業所
7、 旭化成(株)中央研究所
8、 足尾精錬(株)足尾精錬所
9、 アリス東亜DKK(株) 入曽工場
10、茨城県環境監視センター
11、岩崎電気(株) 埼玉製作所
12、愛媛県立衛生環境研究所
13、大阪大学大学院工学研究科
14、大阪大学大学院理学研究科付属原子核実験施設
15、岡山大学地球物質科学研究センター
16、海上保安庁海洋情報部
17、(独)日本原子力研究開発機構 敦賀原子炉廃止措置研究開発センター
18、(独)日本原子力研究開発機構 高速増殖炉研究開発センター
19、(株)化研 水戸研究所
20、金沢大学 学際化学実験センター アイソトープ理工系研究施設
21、金沢大学 環日本海域環境研究センター 低レベル放射能実験施設
22、(財)環境科学技術研究所
23、関西電力(株) 高浜発電所
24、関西電力(株) 大飯発電所
25、関西電力(株) 美浜発電所
26、関東化学(株) 草加工場
27、気象研究所
28、キシダ化学(株) 三田事業所
29、岐阜県総合医療センター
30、(財)九州環境管理協会 環境放射能分析室
31、九州大学アイソトープ総合センター箱崎地区実験室
32、九州大学工学部
33、九州電力(株) 玄海原子力発電所
34、九州電力(株) 川内原子力発電所
35、京都大学医学部付属病院
36、京都大学エネルギー理工学研究所
37、京都大学工学部放射実験室
38、近畿大学原子力研究所
39、(株)グローバルニュークリアフェエムジャパン
40、原子燃料工業(株)熊取事業所
41、大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
42、(株)コシナ 小布施事業所
43、佐藤芳正(現在、相続人か管理中)
44、(独)産業技術総合研究所 関西センター
45、(独)産業技術総合研究所 つくば中央第三事業所
46、(独)産業技術総合研究所 つくば中央第五事業所
47、(独)産業技術総合研究所 つくば西事業所
48、(独)産業技術総合研究所 中部センター
49、(独)産業技術総合研究所 四国センター
50、(株)三徳 第三工場
51、(株)ジェーシーオー 東海事業所
52、四国電力(株)伊方発電所
53、静岡大学工学部
54、日鉱金属(株)磯原工場
55、昭和電工(株)川崎製造所 千鳥
56、信州大学ヒト環境科学研究支援センター生命科学分野遺伝子実験部門
57、新日本製鐵(株)八幡製鐵所
58、シンフォニアテクノロジー(株)伊勢製作所
59、水産総合研究センター 中央水産研究所
60、(株)住田光学ガラス 浦和工場
61、住友化学(株)愛媛工場 新居浜地区
62、住友化学(株)千葉工場 袖ヶ浦地区
63、住友金属鉱山(株)エネルギー触媒・建材事業部技術センター
64、住友電気工業(株)大阪製作所
65、仙台市衛生研究所
66、富士フィルムRIファーマ(株)千葉事業所
67、大同特殊鋼(株)研究開発本部
68、太平金属工業(株)
69、太陽誘電(株)R&Dセンター
70、中国電力(株)島根原子力発電所
71、中部電力(株)浜岡原子力発電所
72、帝人(株)先端技術開発センター
73、東京工業大学原子炉工学研究所
74、(株)東芝 研究炉管理センター
75、東芝電子管デバイス(株)
76、(株)東芝マテリアル
77、東芝ライテック(株)横須賀事業所
78、東京大学大学院工学系研究科原子力国際専門共同施設
79、東京電力(株)福島第一原子力発電所
80、東京電力(株)福島第二原子力発電所
81、東京電力(株)柏崎刈羽原子力発電所
82、東邦金属(株)寝屋川工場
83、東北大学金属材料研究所
84、東北大学金属材料研究所付属量子エネルギー材料科学国際研究センター
85、東北大学大学院工学研究科
86、東北大学サイクロトロン・ラジオアイソトープセンター
87、東北大学多元物質科学研究所
88、東北電力(株)女川原子力発電所
89、東燃ゼネラル石油(株)堺工場
90、ナカライテスク(株)南事業所
91、名古屋大学工学部工学研究科
92、国立大学法人名古屋工業大学
93、浪速金液(株)
94、新潟県放射線監視センター新潟分室
95、(株)ニコン相模原製作所
96、ニッキ(株)川口工場
97、日本カーリット(株)群馬工場
98、日本金液(株)
99、(独)日本原子力研究開発機構青森研究開発センターむつ事務所
100、(独)日本原子量研究開発機構那珂核融合研究所
101、日本原子力発電(株)敦賀発電所
102、日本原子力発電(株)東海発電所
103、日本原子力発電(株)東海第二発電所
104、日本原燃(株)環境管理センター
105、日本原燃(株)再処理事務所
106、日本原燃(株)濃縮・埋設事業所
107、日本たばこ産業(株)たばこ中央研究所
108、日本タングステン(株)飯塚工場
109、日本冶金工業(株)川崎製造所
110、日本電気(株)府中事業場
111、(財)日本分析センター
112、日本メジフィジックス(株)千葉工場
113、日本メジフィジックス(株)兵庫工場
114、ニュークリア・デベロップメント(株)管理部大宮管理室
115、(独)農業環境技術研究所
116、花輪鉱山(株)
117、(株)日立製作所情報制御システム社
118、(株)日立製作所エネルギー環境システム研究所
119、(株)日立製作所エネルギー環境システム研究所日立分室
120、(株)日立製作所・日立ディスプレイズ
121、福井県原子力環境監視センター 
122、福島県原子力センター福島支所
123、(株)藤井製作所千葉工場
124、富士フィルム(株)神奈川工場
125、富士電機システムズ(株)環境ソリュージョン本部産業事業部東京工場
126、防衛省技術研究本部先進技術推進センター
127、防衛省防衛大学校
128、(独)放射線医学総合研究所放射線防護研究センター那珂湊支所
129、北陸電力(株)志賀原子力発電所
130、国立大学法人北海道大学大学院工学研究科
131、北海道電力(株)江別総合研究所
132、北海道電力(株)泊発電所
133、HOYA(株)昭島工場
134、パナソニック(株)ライティング社高槻地区
135、三井化学(株)岩国大竹工場
136、三井化学(株)大阪工場
137、三菱瓦斯化学(株)新潟研究所
138、三菱原子燃料(株)
139、三菱電機(株)情報技術総合研究所
140、三菱電機(株)通信機製作所
141、三菱マテリアル(株)エネルギー事業センター那珂開発研究所
142、三菱マテリアル(株)大宮総合整備センター
143、三津和化学薬品(株)
144、東京都市大学原子力研究所
145、文部科学省タイム・カプセル埋設地
146、(株)山さ水野商店
147、米山薬品工業(株)三国工場
148、(独)理化学研究所
149、(株)リガク東京工場
150、立教大学原子力研究所
151、立教大学理学部
152、(株)LDF茨城工場
153、和光純薬工業(株)大阪工場
154、(株)高純度化学研究所 東松山工場
155、旭化成ケミカルズ(株)川崎製造所
156、東北電力(株)東通原子力発電所
157、(株)三菱化学科学技術研究センター横浜
158、(株)オハラ
159、三菱電機(株)神戸製作所
160、山梨大学甲府キャンパス アイソトープ実験室
161、三井化学(株)大牟田工場
162、太陽鉱工(株)福井工場
163、公立大学法人大阪府立大学産学官連連携機構
164、奥羽大学歯学部付属病院
165、シーメンス旭メディテック(株)テクノセンター
166、(株)GSユアサ ライティング事業部光源製造部
167、大阪市立大学杉本地区事業所
168、秋田大学放射性同位元素センター
169、住友金属鉱山(株)市川研究所
170、甲南大学11号館計量管理施設
171、岡山大学自然生命科学研究支援センター沖島施設
172、日本軽金属(株)清水工場
173、静岡県立大学
174、東京都健康安全研究センター
175、チッソ石油化学(株)五井製造所
176、(財)電力中央研究所 安孫子運営センター
177、(株)富士通研究所(厚木)
178、日本金属工業(株)衣浦製造所
179、(株)松本正夫商店 生野(株)内(株)貯蔵施設
180、国立大学法人長崎大学水産学部
181、(独)造幣局研究所
182、東洋大学理工学部
183、三菱レイヨン(株)横浜先端技術研究所
184、新潟県立教育センター
185、(株)日本触媒 姫路製造所
186、茨城県環境放射線監視センター
187、石塚硝子(株)本社・岩倉工場
188、住友軽金属工業(株)名古屋製造所
189、古河機械金属(株)研究開発本部素材総合研究所
190、国立大学法人東京工業大学核燃料貯蔵管理室
191、(社)日本アイソトープ協会関東第二廃棄物中継所
192、ラジエ工業(株)本社工場
193、島根県保健環境科学研究所
194、伊方原子力発電所安全監視センター
195、カガミクリスタル(株)
              原子炉等規制法施行令第41条非該当施設
              合計、195事業所
              平成22年3月31日現在


これらの会社の警備がどれほど厳重でも、所詮は民間会社です。
プロの「テロ部隊」に狙われたら、絶対に阻止することは不可能です。
核燃料物質を扱う195ヶ所もの民間の建物が日本じゅうにある事は、敵国?も百も承知。
どこが一番無防備か、どこが一番大量所持か、どこが一番効果的か。人口密度やら風向きやらのシュミレーションは充分に学習済みのことでしょう。
日本中をセシウム、ストロンチウム、プルトニウムで充満させるのは、実に簡単なことです。


何度も言います。日本は戦争が出来ません。
事を起こせば、国土は汚染され、民族は滅びます。
フクイチ事故は未だに収束していないのに、何事も無いようなテレビのアホ番組の毎日。
平和ボケの日本の現実を、世界の冷酷な目が見据えています。







1957年9月4日

1957年(昭和32年)の出来事を簡単に上げると、

コカ・コーラが発売されたり、グリコからは「アーモンドグリコ」の発売、ウテナ化粧品からは「ウテナ男性クリーム」の発売がありました。
歌謡曲では、石原裕次郎の「俺は待ってるぜ」や美空ひばりの「港町十三番地」やフランク永井の「有楽町で逢いましょう」が流行りました。

アカデミー賞の7部門を受賞した「戦場にかける橋」も、大きな話題になりました。

たった55年前です。



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たった55年前の、1957年9月4日
アメリカ史上、最初の高校生になった黒人女性
女の子の名前は、ドロシー・カウント。15歳
ノースカロライナ州ハーディング高校の入学式の写真です。



晴れの入学式で着る可愛い孫娘のために、祖母は何日も徹夜して素敵なドレスを縫い上げてくれました。
しかし、このドレスの背中は汚れています。
学校へ来るまでに、吐きかけられたたくさんの唾や、腐った食べ物、小石などで汚されてしまいました。


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笑いながら石や食べ物を投げたのは男たちですが、唾を吐きかけたのは女の子たちの方が多く、口汚く罵りながら唾をかけました。

この日のために、時間をかけて左髪はゆったりとウエーブをつけて、きっちりと左右に分けた髪型をしてきましたが、可愛いと言って褒めてくれる人はいません。


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登校のたびに、罵声を浴び、嘲笑され、唾をかけられ、物を投げられました。

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学校のロッカーは壊され、自宅にも嫌がらせや脅迫電話があり、身の危険が迫ったために、やむなく4日間登校しただけで退学して、ペンシルバニア州へ引越さなければなりませんでした。



つまり、56年前までのアメリカでは、黒人女性は、だれひとり高校へ進学できなかったのです。
そしてこれが、アメリカという国の真実の歴史です。

民主主義とは何か。
人種とは何か。
正義とは何か。
愛とは何か。

石を投げ唾を吐いた子供たちは、日曜日に教会へ行き、何を祈ろうとするのか。
歴史は、私たちに何を学ばせようとしているのか。


いじめというレベルの話ではない。
しかも、ドロシー・カウント一人だけが妨害に遭ったのではありません。
彼女が過酷な環境の中にいたという事は、その後に続く黒人の娘たちの環境も、同じ過酷さの中にあったという事です。

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この黒人娘の名は、エリザベス・エクフォードさん


ドロシー・カウントは私より5歳年長です。
この時10歳の私は、チャンバラごっこで、遊びまわっていました。
私の兄はドロシーより1歳年下で中学3年生。受験のさなかでした。
トヨタからは「コロナ」、日産は「スカイライン」が発売され、そのカッコ良さに憧れました。
三共製薬の風邪薬「くしゃみ3回、ルル3錠」のCMが流れていました。

ドロシー・カウントが高校に入学した1957年には、黒人は選挙には関われませんでした。
これから8年後の東京オリンピックの翌年、1965年になって、ようやく黒人の投票権が認められました。


I have a dream とマーティン・ルーサー・キング牧師は言いました。

私たちには
今日も明日も困難が待ち受けているが
それでも私は夢見るのです。
闇で闇を追う払う事はできない。光のみがそれを成し得るのです。
憎しみで憎しみを追い払う事はできない。愛のみがそれを成し得るのです。




そして、あの高校の入学式から55年が経ちました。
米国で初めて高校生になった黒人女性、ドロシー・カウントは現在、70歳。

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ジョンソン・C・スミス大学で学位修得後、育児保育慈善団体でカウンセラーとして働いた後に、
アドバイザーとして、今も後進の指導にあたっています。









琵琶曲「小野訓導」から思う事

小野訓導(おのくんどう)の訓導とは、小学校の先生のことです。
現在では学校教育法で「教論」と言いますが、戦前の教育法では旧制(尋常)小学校の正規の教員を言います。


大正11年7月7日、宮城県刈田郡宮尋常小学校(現・蔵王町立宮小学校)の小野さつき先生(訓導)は受け持ちの4年生、56人を引率して、近くの万歳河原へ野外写生に行きますが、子供たち数人が水遊びを始め、3人が溺れます。
小野先生(訓導)は2人を救出したあと、残りの1人を救出しようとして叶わず、力尽きて共に溺死しました。享年21歳。


現在の報道なら、5分で終わります。新聞記事でも3面の片隅に2,3行扱いでしょうし、翌日には誰も話題に取り上げないでしょう。
毎年夏になれば、川や海、プールなどで必ず起こる水難事故で、目新しさはありません。

この実話を琵琶曲「小野訓導」として取り上げ創作して演奏したのが、前田洲月師です。
前田洲月師は、水藤錦穣師と人気を二分する女流琵琶師で、当時のプロマイドの売れ行きも常に上位を占めていました。
前田洲月といえば小野訓導。小野訓導といえば前田洲月というほど、前田洲月師の代表曲ですが、彼女は生涯をかけて、詞文を足したり変えたり、削ったりし続けました。
当然歌い方も弾く曲も、時代により変わります。
私のもとには3種類の録音テープがありますが、いづれも皆、曲も詞も異なります。
それぞれのテープを聞き比べましたが、心地よい余韻を久し振りに味わいました。

一曲を練りに練り、磨きに磨き、生涯をかけて完成度を高めて名曲に仕上げて行った姿勢は、琵琶を志す私たちへの大きな教訓です。

前回、「木村重成」の曲を紹介しましたが、話そのものが素晴らしく、詞文を読むだけで感動します。
それに比べて、この「小野訓導」は、小学校の先生が溺れた児童を救出しようとして死亡する話です。
悲劇ですが、正直言って、ドラマチックストーリーではありません。
それを前田洲月師は、芸術性に秀でた琵琶曲として見事に完成させ、聴衆を魅了しました。

乱暴に言えば、月並みな話、詞文内容でも、立派に鑑賞に堪える曲になる。芸術性の高い演奏が可能であるという見本です。
この事は何を意味するのか。

例えば、鶴田流の人たちが盛んに演奏する「壇ノ浦」(詞・水木洋子)
失礼ながら、詞が特別素晴らしいわけではない。
平家物語の中の、単なる一場面の詞文にすぎない。
曲が素晴らしいから皆、演奏しています。
「壇ノ浦」の曲が素晴らしいために、他の曲にも「壇ノ浦の旋律」を使う人が安易に多過ぎて、個人的には辟易しますが、それだけ「壇ノ浦」が名曲である証しでもあります。


前田洲月師の「小野訓導」を聴いて、思う事は2つあります。
1つは、話の内容がドラマチックでなくとも、たとえ平凡な内容でも磨き方次第で立派な曲になる。
もう1つは、声の魅力です。
声さえ良ければ、話の内容などさほど気にならない。

洲月師の練り上げた声。
持って生まれた美声というのではなく、彼女は喫煙していたためか独特の渋みのある艶やかな声が魅力です。
また、彼女の師匠が大館洲楓師でしたので、あの独特な節回し(上げて行く節回しの力の入る所でフッと力を抜き裏声にする)は、何とも言えない絶妙さです。


この「声」というのは、あらゆるものを凌駕します。
あらゆるものを説得してしまいます。
例えばパバロッティ、ドミンゴやカレーラスの歌声。
歌っている曲の内容が、「花屋の娘さんが可愛いから、用も無いのに店の前をウロウロしてしまうよ」と言うような他愛も無い曲であっても、あの圧倒的な美声で歌えば、それだけで満足。花屋だろうが魚屋だろうが何でも良い。
極端に言ってしまえば、ドミンゴの美声さえ聴ければ、詞文などどうでもいいのです。

これは重要なことです。

法事でお坊さんの読経を聴いている時に、お坊さんの声の良さにウットリ聴き惚れる時があります。
経文の内容など分からなくても、ありがたい、と思いますし、亡くなったアイツは生前ろくでもない奴だったが、この読経で、成仏出来るに違いないと感動すら覚えます。
これなども、お坊さんの練り上げた声の力です。


私は声も平凡というより、平均以下。声の通りが悪い上に発音も悪くて、子供の時から、えっ?えっ?と、聞き返される事が多かった。
当時は気にもしてなかったが、この世界に入り、発声発音の悪さを自覚し、トラウマ、コンプレックスを抱いたまま過ごして来ました。
未だに練り上げた声とは、程遠い声でお恥ずかしき次第ですが、ほんのちょっとでも上手くなりたいとの思いで続けております。

ようやく分かった事は、声も筋肉である。
何の事は無い。ボイストレーニングとは「筋トレ」の事である。
声出しストレッチ、声出しのびのび体操、声出し大運動会。
自分なりの筋トレをしていけば、多少は声が良くなるとの確信を得た事で、希望を持つことが出来ました。

喉にありがとう、声に感謝します、発音に愛してまーす。

まだ魔法の言葉を引きずっていてすみません。



琵琶曲「木村重成」から思う事

琵琶を知らない人でも、琵琶と聞くだけで、「ああ、あの『耳なし芳一』よね」と答えます。
浪曲と言えば、広沢虎造の「清水の次郎長」。新内と言えば「蘭蝶」。箏曲なら、正月になるとCMで流れる「春の海」と言うようなものです。
それぞれの分野の持つ得意な形式、最も表現しやすい形、題材があり、時代の中で洗練され、完成されて来ました。

琵琶の得意分野は平家物語ですが、ものの哀れや幽玄さが、琵琶の音に合うのでしょう。
鶴田錦史師が、「琵琶って、粋にならないのよね」と言われた事がありますが、可笑しい事、バカバカしい事、軽妙な事の表現は、苦手な分野です。
逆に、合戦や腹切りなどは、端歌小唄には出来ません。

さて、薩摩系の琵琶曲に「木村重成」(きむらしげなり) 〔詞・飯田胡春〕があります。
筑前琵琶では「伽羅の兜」(きゃらのかぶと) 〔詞・足立旭蔭〕と曲名が変わりますが、同じ内容です。

元和元年(1615年)5月、秀吉亡き後、徳川軍に攻められて大阪城は落城する事になりますが、大阪方の武将、若武者の木村重成(きむらしげなり)21歳は、この負け戦さで討ち死にすることを覚悟します。
合戦前夜、新妻の白妙18歳に、
「いよいよ明日は敵の総攻撃を受けて、自陣は壊滅するであろう。時に利あらず。自分は潔く堂々と戦うのみである。お前は実家に戻り、新しく人生をやり直せ」
と語って、最後の晩餐、名残の盃を酌み交します。
翌朝、戦さ支度をしようとして妻を呼びますが、返事がない。
不思議に思い、妻を捜すと、奥の仏間で白装束で自害していた。
ああ、自分に後の憂いをさせまいとして、先にあの世で待っていてくれるのか。よし、精一杯の戦いをして土産話を持って行くぞ。と誓って戦いの着替えを始めます。
長櫃の蓋を開け、兜を取り出すと、あたり一面に伽羅の香りが広がります。
私はひと足先にあの世へ行って待っております。お支度の手伝いが出来ませんが、せめてもの思いで長櫃の中に伽羅を込めました。見事なお働きをお祈りしております。
愛妻白妙の思いを受けて、重成は兜をキリリと結びます。


戦争は、世界史の常です。
どれほど優れた人たちが、負ける側についたために消えて行ったことか。
いかに優秀な人でも、負け戦さでは世界史の中で語られることは無い。
戦争は、今も世界中にあり、大勢の兵士にそれぞれの人生がありますが、
どちら側につくかは、まさしく時の運、身の上、運命というよりほかは無い。

この琵琶曲「木村重成」は、題材として琵琶にむいています。
私は大好きな曲ですが、一度も舞台で演奏した事がありません。
話の内容のしっとり感、しみじみ感、思いの深さが、曲になると、どうしても希薄になると感じてしまいます。
時々、演奏する人がいますが、今まで聞いて来て、残念ですが誰一人として感心したことはありません。
技芸の力不足もあるかも知れませんが、話そのものの完成度が高くて、曲としての表現の難しさを、聞くたびに感じます。

伝える事、表現する事の難しさ、戸惑いを、この曲を稽古する度に感じ、撥を持つ手が止まってしまいます。
悲しい事を悲しく歌っても、悲しくなりません。
ましてや悲しさを強調すればシラケるばかりです。
悲しさに限らず、表現する事とは単純にテクニックの問題であり、琵琶のテクニックとは緩急強弱でしかない。

最もリアルに伝えるのは、生の声、生の表情、生の動きですが、私たちは「様式」での表現です。
様式の中での表現には、リアルさはない。と言うより、リアルさを持ち込めば様式にはならない。
例えば、日本舞踊で「嬉しいけど困ったわ」という表現を、クルリと回って首を傾ける仕草だとします。
踊り手は、回る事、首を曲げる事を、汗を吹き出しながら延々と稽古を繰り返します。
回り方、足のさばき方、首の傾け方、目線の確認などをやればやるほど、リアルさから離れます。
歌う場合でも、例えば「大声で叫ぶ」と歌っても、大声を出して歌うことではない。
意味さえ判れば良い。
どう判らせるかは、様式の中にあり、名人と言われる人は様式美の完成者のことでもあります。


邦楽は、雪月花に代表される穏やかなイメージがあるが、琵琶歌は、ドラマチックな内容、ギリギリの場面、瀬戸際の話が多い。
琵琶人のなかには勘違いして、大げさ過ぎたり、反対に教わっただけのオサライしか出来ない人が多いようです。
いやいや私もそうだったので、偉そうなことを言える立場ではありませんが、少しだけ分かって来ると、ゴールの無いマラソンコースの途中で、茫然として立ち尽くしてしまう今日此の頃です。





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じっくりと、一枚、一枚を見ていってください。



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義手の手を彼女に回して、未来を見つめて寄り添う二人に
私は手が痛くなるまで拍手を送り続けます。






魔法の言葉 (エピソード、付録)

愛してます、ごめんなさい、許して下さい、感謝します。の4つの言葉を言って、心をクリーニングする問題解決法の「ホ・オポノポノ」を3回にわたって紹介しましたが、なぜ、心をクリーニングしなければならないのか。
私のような凡人には、そのわけが分かりませんでしたが
心の有りようを知る上で、手掛かりになる文章を見つけました。

「引き寄せの法則」と言われている考え方です。


ブログ「黄金の金玉を知らないか?」の7月21日と26日の記事を参照しました。
(抜粋)

確かに、現状に不満で、環境を変えようとする人がいますね。
例えば転職とか。
自分の今の現状を見るに不満だらけだ。
給料も安い、上司も嫌な野郎ばかりだ。仕事の内容もつまらない。
そうやって、思い切って転職してしまう人がいます。
でも、なぜだかどうして、また転職先でも同じような環境になってしまう人がいますよね。

女性だって、どうしようもない男と別れて素敵な彼氏を見つけたい!などと思ったとしても、
なぜだかどうして、前よりひどい野郎に引っかかったりしてる人もいます。
(中略)
これは何故でしょうか。
結局のところ、環境を変えても外に映し出されているのは自分の心だからでしょう。
内面を変えない限り、外側は変わらない。
現状と言うのは、過去の意識の投影だからです。
別に正しいとか悪いとかではなく、あなたの今を作っているのは過去の思いだからです。

嫌だ。嫌だ。毎日つらい。
それは、嫌が好き。つらいことが好き。という信号を発し続けているという事です。
だから環境を変えても、そういうものが寄って来るのでしょう。

何かを毎日思い浮かべれば手に入るとか、
物質利益だけを強調する「引き寄せ本」があります。
豪邸が手に入る。スポーツカーが手に入る。そんな謳い文句の本がいっぱいあります。
でも、よく考えると物質利益を追い求めるのは、「引き寄せの反対」をやってますよね。
何々が欲しいというのは、つまり、何々を持ってないという認識から始まるわけです。
例えばスポーツカーが欲しい!と思うのは今現在、スポーツカーを持ってないからで、本当にすべてを持ってる人はもう何もいらないと思うものです。
日本人のあなたが日本語がしゃべれるようになりたいと思わないのと同じですね。
(中略)
人は心の中で、何かラベル付けしています。
これは良いこと。これは悪いこと。
でも実際は、良いことでも悪いことでもない。
私は何々を持っている、持っていないも同じです。
あなたが勝手にエネルギー場の中で、ラベル付けして悲しんだり喜んだりしているだけです。
(中略)
鏡の中の世界に住んでいるとも言えます。
心の中の葛藤が外に映し出されるだけです。
(以下省略) 





「内面を変えない限り、外側は変わらない」とは、まさしくホ・オポノポノで言う潜在意識の再現ですね。
「現状で言う、過去の歴史の投影」であり、「外に映し出される心の中の鏡」と同じことです。

今ある自分の環境すべては、自分自身が作って来た(再現して来た)ものです。
嫌だと言っても、その嫌なものを心が(潜在意識が)再現している。
嫌だと思う環境を変えるには、自我意識を超えた、潜在意識を消すしかない。
クリーニングの仕方は、それぞれがそれぞれの方法で良い。
クリーニングそのものが大事なのですね。
そう理解すると、ホ・オポノポノは、本当に凄いと思います。
そして、感謝する言葉とは、私たちが思っている以上に、途方も無いパワーがあるという事です。


長々とテーマを書き続けて来ましたが、最後に付録の「おまけ」として、もう一度、五日市剛さんの講演を記載して、魔法の言葉シリーズを一区切りとさせて頂きます。



(五日市剛氏、講演筆録)
このように三年ほど前、今の会社に入社しまして、研究部門の課長となりました。
大勢の部下がいましたが、その中に一人、気になる部下がいましてね。
名前をAさんとしましょうか。僕よりひと回り年上の方で、係長さんです。その方に部下はいません。
みんな、オジンだなんだと言ってね、Aさんをバカにしていたんですよ。
臭いからあっちへ行けとかね。すごく嫌われていました。
確かに何やってもうまくいかない人で、「うわあ~忘れた!」とか、何を尋ねても「知らない!」ばっかり。
何かとすぐに騒ぎ立てる人で、優柔不断で、あの人のやる仕事は絶対にうまくいかないと皆に思われていました。
Aさん自身も全然自分に自信がなくて、だんだん意固地になって。
だけど彼は、人間的にはとても良い人でね。僕は好きだったんですよ。
ただ、誰もAさんをフォローする人がいなくてね。第一、僕も彼の仕事の内容がよく分からない。
そこで、僕の上司に、
「Aさんを僕のもとに置いてくれませんか」
と言いましたら、
「いいのかい?彼はなにかと扱いにくいよ」
と心配してくれましたが、
「いいですよ。僕にはそれほど苦になりません。彼の仕事、僕にどこまでフォローできるか分かりませんが、話し相手くらいにはなると思いますよ」
ということで彼が僕のもとに配属になったんですね。

ある日、Aさんに、ちょっとした質問と提案をしてみました。
「ねえ、Aさん、ご自分は運の良い人生を歩んできたと思います?」
「え?そ~ですね。どう考えても運が良いなんて思えませんね」
「そうか。ひとつお願いがあるんだけどね」
「何でしょうか?」
「毎朝ロッカルームで会うでしょ。そのとき、ツイてる?って聞くから、ツイてますって応えてくれないかな。帰りも同じく」
「はあ?どうしてそんなこと言わなきゃいけないんですか?」
Aさんはそう言うものの、上司の課長のお願いだから「しょうがないな」という感じで、一応了解してくれました。

翌日の朝、
「Aさん、おはよう。どう、ツイてる?」
「え?あっ、はい、はい。ツイてますよ」
と、少しイヤイヤながらという状態でした。
夕方も声をかけるのですが、まあ、最初しばらくはこんな感じだったんですね。
でもね、毎日毎日やっていますとね、Aさんも慣れてきて、
「は~い、ツイてますよ~」
と楽しく言えるようになったんですね。
さらに、その理由を付け加えるのです。
「今朝、妻がつくってくれた朝ごはん、おいしかたな~」
「今日、業者さん、頼みもしないのに、気の利いた物を持ってきてくれましてね」
というような感じで、「ツイてる、ツイてる。どうしてかというと」と、ツイてたことの理由付けがだんだんできるようになってきました。
そうしたら、いろいろと彼の身の回りに起こる出来事がどんどん変わってきたのです。

彼が僕のもとに来たのは去年の四月なのですが、八月過ぎた頃、彼が開発担当していたものでびっくりするようなデーターが出たのです。
さらに、十月を過ぎましたら、なんと、世界ナンバーワンの素晴らしいデーターが出てしまった。
誰も到達したことのない品質のものができてしまったのです。
でも、社内の誰もが「これ、たまたまだよなあ。再現性なんてないよ、絶対に」と言う始末。
ところが、去年の年末、何回テストをしても同じスゴイ結果が出た。
ということは本物なんですね。そこで、これを大量生産するための投資をしよう。もうちょっと深く研究を掘り下げるため、彼に部下を付けよう、となったわけです。
会社側もオーケーということになり、多額の投資を行うことが決定しました。
今年一月、彼には優秀な部下が二人も付き、試作した製品もできました。

その後のことは言うまでもなく、ますますうまくいきましてね。大口のユーザーからは「評価したいからどんどん持ってきてくれ!」と言われ、海外に対しての輸出の検討も始まりました。
世界に供給すればシェア100%です。
だって、他のメーカーはマネできませんからね。スゴイですよ、本当に。
もちろん、特許は国内外に出願しました。
最初、社内の誰もが、
「どうせ、五日市がいろいろ彼に知恵を与えて、手取り足取り面倒をみてやったからうまくいったんだろう」
と言っていたのですが、もちろん、僕は何もやっていませんよ。
すべて彼のアイデアと努力の賜物です。
僕が何かをしてあげたとしたら、「ツイてる?」って聞き続けたことくらいなもんです。

以前はね、Aさん、残業なんかはほとんどやったことがなかったんです。
仕事終了のチャイムとともにすぐに家に帰っちゃうんですよ。
ところが、今は夜八時になっても、九時になっても帰らない。
「Aさん、家までの片道、けっこう時間がかかるでしょう?もう帰った方がいいと思うよ。明日の仕事に支障をきたすよ」
と言うと、
「もうちょっとやります。もう、楽しくってたまらないんです」

Aさん、土曜日も日曜日も会社に来たことなかったのに、喜んで来るようになりましたね。
僕は管理職ですから、土日でもデスクワークのために出勤することがあるのですが、なんと彼には必ず会社で会うんですね。
「どうしたの、今日は休みじゃないの」
と言うと、
「次にどんなデーターが出るのか、ワクワクして月曜日まで待っていられないんですよ。もう~会社を休むということ自体がストレスになっちゃいます~」
と、本当に仕事が楽しくてしょうがないようですね。
(中略)
もちろん、僕は彼に「ツイてる?」なんて、もう聞いていません。
彼は、いつ、どこでも、
「ツイてる、ツイてる、ツイてる、ツイてる……」
が口グセとなりました。
も~、うるさい!って言いたくなるくらい、自然と出てくるようです。
(掲載以上)









魔法の言葉 (エピソード、3の3)

HP「船井幸雄のいま知らせたいこと」  (2011年1月24日)
(抜粋)

「ザ・フナイ」の今年新年号に作家でセラピストの加治将一さんの「青い住処(すみか)」という文章があります。
ピックアップして紹介します。



(ザ・フナイより抜粋)
僕(加治将一)の本のファンだとさらりと告げられ、さらに「船井幸雄オープンワールド」の講演を依頼されたとあれば、僕の心境はいかばかりか、みなまで申さなくとも、読んでおられる方は、充分お察し可能だと思います。

で、講演は無事終わりました。
(中略)
ここでまたまた運命的なものを知ったのです。それがホ・オポノポノでした。
ここだという時に、これだと思うものが降ってくるのは僕の真骨頂というべきもので、これは加治式セルフ・セラピーの仕上げなのだと、ぴんときたのです。
「分かっているけど、できない」この難攻不落の壁がホ・オポノポノ一発で乗り越えられる。
「分かっていれば、なんでもできる」強力なツールだと直感したのです。
瞑想が、静かで明晰な時間をつくり、そのときに僕の身体に開く神秘のアンテナがホ・オポノポノを受け入れたのだと感じて、試してみると、予想通り断然具合がよかった。というより、これ以外に自分や他人に愛を贈る方法はない、と確信したのです。
読者のみなさんはホ・オポノポノを知っていると思いますが、(中略) 
あれから僕は一日も欠かさず、日に百回も二百回も口にしているのですが、それはもう大変な効果です。
僕と合ったやりかたは、瞑想の導入部に僕オリジナルの「癒し言葉」をマントラのごとく繰り返し唱えることでした。
「あんた最高だよ!愛している!ありがとう!」
自分流の癒す言葉。自分を愛する言葉。
たまげるほど効果的な加治式セルフ・セラピーの完成です。

初回の試みから、自分に愛情エネルギーがグングンと満ちるのが分かりました。
瞑想、そしてセルフ・セラピーを続けました。
すると魔法のように娘の状態(難病で入院)が良くなっていき、クスリの量が一月、また一月と減ってきたのです。
これを奇跡と言わず、何を奇跡と言うのでありましょう。

そして、またまたシンクロニティが起こりました。
諦めていた僕の目を、手術してくれる医者が現れたのです。
(中略)
その日のうちに視力が回復し、ほぼ同時に、入院してほぼ一年、難病を克服した娘が退院したのです。
(以下省略)




私(船井幸雄)は、この加治さんの文章に感激しました。
そして78才の誕生日を迎えた今月の10日から1日に100回以上「船井幸雄よ、最高だよ、ありがとう、愛しているよ」というマントラを唱えはじめました。
というのは2007年3月12日以降、超健康体だった私は原因も治療法も半分くらい不明の難病に悩まされ、いまだに完治しないからです。ただ、今年中に完治しそうです。名医を見つけたのです。
まだ、やりはじめて2週間、効果は分かりません。
しかし、この「船井幸雄よ」というところは、何にでもできます。
「船井和子よ、最高だよ、ありがとう、愛しているよ」と家内の名前に替えてもいいし、友人や秘書の名前に替えてもいいわけです。
多分、効くだろうと信じています。
加治さんが、本物のホ・オポノポノを私に教えてくれたような気になって、毎日、毎日唱えつづけようと思います。
できれば「大宇宙よ」とか「人々よ」とか「すべての存在よ」を早く呼びかけ語にしたいと思っていますが、とりあえず今は「船井幸雄よ」をもっとも多くにして声に出さずに唱えています。効果が楽しみです。
みなさまも、自分にもっともよいマントラを考えて、ちょっと試されたらいかがと思い、きょうはこんなことを書きました。
(掲載以上)




加治先生や船井先生は「愛してます」が言えるんですね。
ホント、うらやましいです。
私は、「愛…」を言おうとして、あ、あ、あ、と口を開けたまま、目が点になり、固まってしまいます。
「自分にもっともよいマントラを考えて」と言われたので、
「愛してます」の替わりに「好きです」なら、何とか言えそうだ。んー言えるかな…
それぞれが、それぞれの方法で良いというのは、ホッとします。

ホ・オポノポノはハワイの風土や歴史、生活の中から生み出された問題解決法ですが、欧米にも昔から様々な癒やしのメソッドがあります。
スピリチュアルなマスター達に言わせると、欧米が「自己主張が許される文化」であるのに対して、日本は「他との調和をはかる文化」であるために、輸入したメソッドだけでは日本人は癒やしにくいとの事です。
日本人の「調和」を元にした文化は、高次元の精神、波動を具現化したものなので、日本人の魂の年齢層が高いためとの事です。


そうなの?私の魂の年齢層が高いとは、とても信じられませんが。
しかし、自己主張を超えて、調和を重んじる日本人には、それなりのストレス、「空気を読もう」とする独特の心の陰翳があるのも事実です。
そのような中で生きるには、それぞれが、楽しい方、やりやすい方、続けられる方、納得する実践方法をやられたら良いと思います。

人生、思いやりにあふれ、草花や小鳥のさえずりに微笑み、ほがらかで優しく、そして元気で過ごしたいものです。





魔法の言葉 (エピソード、3の2)

ハワイ州立精神障害者収容病棟を閉鎖させた、イハレアカラ・ヒューレン博士の行った「ホ・オポノポノ」は、船井幸雄氏の紹介で、多くの人が知る事になりましたが、その理屈や方法については様々な解説書があります。
以下の文が比較的分かりやすいと思います。

ホ・オポノポノのヒミツ「実践の手引き」 
著者・滝澤朋子  発行・株トータルヘルスデザイン
(要約させて頂きました)

口に出して言う言葉は4つある。
ありがとう ( Thank you )
愛してます ( I love you )
ごめんなさい ( I'm sorry )
許して下さい ( Please forgive me )

なぜ、この4つの言葉を言うのか?

心を「クリーニング」するためです。
この「心の記憶」を消す「クリーニング」作業のために、4つの言葉を言うのが問題解決法「ホ・オポノポノ」の考え方です。


「記憶」とは、私たちが生きている世界、地球創成から現在に至るまでに存在した全生物、動植物から鉱物にいたるまでの、そのあらゆるものたちが体験した、膨大な「記憶」を指します。
この全人類、すべてのものに共通している「記憶」は、私たちの「潜在意識」に貯蔵されている。
その「潜在意識」の中の「記憶」が、私たちが毎日生活している中で、目に触れ耳に触れ、人と出会い、多くの喜怒哀楽が「顕在意識」として現れる、という考え方です。
日々、潜在意識の中から、記憶を再現しているだけ。
つまり、目の前に現れる現実とは「私の顕在意識としての現れ、記憶の再現」です。

ヒューレン博士は、精神異常者収容病棟で、精神異常者らとの「異常性」に出会った。
その「異常性」は、博士と彼らとの共通の「記憶」です。
だから、博士は自分の「記憶」から「異常性」をクリーニングして消去した。

共通の「記憶」から「異常性」が消えた事によって、彼らも「異常性」が消えた。

目の前に現れた「現実」に対しては、一切かかわらない。
ただひたすら、「記憶」を消す。
「記憶」が消えれば「現実」も消える。

消える方法は、4つの言葉を言うだけである。

ヒューレン博士は記者の質問に対して、
『問題が起きた時がチャンスです。問題は、それが「記憶」として存在している事を見せてくれているのです。見せてもらえなければ消せないのです」
と答え、更に付け加えました。
「クリーニングするのに、言葉に心を込める必要はありません。
PCで打った間違った文章を消す時に、いちいち「ごめんね」とか「愛してるよ」と言いますか?
消去キーを押すだけでいいのです。
やるだけでいいのです。言葉そのものにパワーがあるのです」
また、4つの言葉の順序も決まって無いので、どれから言ってもいいとの事です。

余りにも簡単だし、不思議だし、理解しにくいのも事実です。
でも、分からなくても、それでいいようです。
分かろうとすれば、その答えを得ようとして更に「意識の記憶」が再生されるにすぎません。
「愚痴る」「責める」「怒る」「悲しむ」… その行動が「記憶」にさらにエネルギーを与える事になる、と博士は言っています。



なるほど。
では、さっそく「ありがとう、愛してます。ごめんなさい、許して下さい」の4つの言葉を言って、心をクリーンにして、人生を充実した輝かしい日々にしていきましよう。


これからは私の愚見です。
「ありがとう」は五日市さんの話にもあり、素直に言えますが、
「愛してます」は私みたいなオヤジには言いにくいし、もともとの日本語には無い、日本の風土に馴染みにくい言葉だと思っていました。
また、「ごめんなさい」や「許して下さい」は自分を責めるネガティブな気分になりやすく、困ったなぁというのが正直な気持ちでした。
でも、ヒューレン博士の圧倒的な業績の前には、凡人の私などが疑問を挟めるわけもなく、ただひたすら平伏していました。

しかし世の中、やはり私と同じような意見というのはあるものですね。
「許して下さい」や「ごめんなさい」と言って罪を悔いていると、やりきれなくなり、滅入るばかりだとの意見です。
やはり、「許して下さい」はキリスト教的には馴染みのある言葉なのでしょうが、私たちには重い言葉に響きます。

そして、改良?された言葉が出来ました。
この方法は、「逆ホ・オポノポノ」というそうです。

「ごめんなさい」のかわりに「愛されてます」
「許して下さい」のかわりに「許されてます」


「ありがとう。愛してます。愛されてます。許されてます」
の4つの言葉を言うのが「逆ホ・オポノポノ」とのことです。

外世界との関係性を癒やすのは、ホ・オポノポノ
内面との関係性を癒やすには、逆ホ・オポノポノが、より効果的とのことです。


しかし、
65歳のオヤジが「あっあっ愛してます」と無理して言おうとすると、おしっこチビりそうで、どうしても上手く言えません。
そんな時に、ほっとする記事に出会いました。
しつこくて済みませんが、次回続けて(3の3)として書かせてもらいます。


「愛してまーす!」と言える人が、ホント、羨ましいです。